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朝食
西暦2123年9月。
夏の暑さも少しずつおさまり、過ごしやすくなってきた頃、五条院家の屋敷の前では登校中の女子高生達が黄色い歓声を上げて、通り過ぎていった。感情のやり場がないと言わんばかりに落ち着きをなくして騒いでいる。
「アサ様、初めて見れたぁ!」
「カッコよすぎ!」
「ね、かっこいいでしょ!」
「やばい!」
屋敷は明治初期に建てられた古い大きな洋館で、美男と噂の執事"日向アサ"が務めていた。年齢は10代後半、端正な顔立ちと美しい金髪、モデルのようにスラっとした体型で、身長は175cm。
そういった情報は女性の目から逃れることはないし、噂もすぐに広まるものだ。
例えお目にかかるチャンスが朝の庭掃除と、ご主人の送り迎えの時しかなくても。また、覗けるのが屋敷の柵に絡まる蔦の僅かな隙間しかなくても。全く問題ではない。
アサは庭に落ちた木の葉をさっさっと箒で片付けて、朝食を作るために屋敷へ戻っていった。
「ああ……もう帰っちゃったぁ」
「あ、やばい!時間!時間!」
「やばっ!」
彼女達はいっときの夢から覚め、自分達の日常へと走り出した。
アサが掃除を終えて玄関に入ると、同じように仕事を終え、シャワーを浴びてきたメイド、"緋月ヨル"が二階から降りてきた。
屋敷の主人が買い与えたであろう高級感のある黒いサテン生地のワンピースに身を包んでいる20歳のメイドは、少し眠そうにしながら長く美しい髪をタオルで拭いていた。
二人とも美男美女であったが、通りすがっただけで女性の注目を集める派手な見た目のアサに対して、ヨルは相当な美人でありながらとても控えめで、街を歩いても振り向かれることはないタイプだった。普段は眼鏡をかけており、十人中十人が地味だと答えるだろう。
二人は一緒に朝食をとるのが日課だった。
アサは主人に朝食を運んだ後、自分とヨルの分のパンとハムエッグ、チーズなどがのったワンプレートをテーブルの上に置いた。
この屋敷にはもう一人、老人の庭師が住んでいるが、離れに住んでいるためここにはいない。
新聞を読みながらコーヒーを飲み、優雅に朝食をとるアサは、単純作業のように食べ物を口に運ぶヨルをチラッと見ながら会話を始めた。
「ご主人様は来週、メイド型アンドロイドを買って連れてくるそうです。この古臭い屋敷にもついにアンドロイドが来るんですね。時代の流れでしょうか……」
「そう」
「まぁ、だからと言ってあなたの仕事がなくなることはないでしょうね。残念ながら"あの仕事"は…… アンドロイドには出来ないですから」
「……」
「嫌じゃないんですか? 」
「わからない」
「自分の、意思はないんですか?」
「わからない」
「まるでヨル、あなたこそアンドロイドみたいじゃないですか。僕はね、人間とアンドロイドの違いってのは"意思"にあると思ってるんです。
アンドロイドには本当の意思も感情もない。あれはあくまで、人間の思考を学習し、人間に似せて作られたプログラムにすぎない。
僕たちは人間だからこそ、嫌なことは嫌と、好きなことは好きと思うし、言えるはずじゃないんですか?」
「私は人間も、自分の意思で生きていると、"勘違い"してるだけなんじゃないかって、時々思うの。
あなたがそういう意見を持つのも、私が今の仕事をやめないのも、嫌なことも好きなことも、私の選択の全てが最初から決まっていて、その通りに動いているだけなんじゃないかって。まるでプログラムされたみたいに……」
「決定論ですか……。だとしても、僕のこの感情は嘘じゃない。それだけははっきりしています。僕はあなたにやめて欲しいと思ってるんです! あの仕事を…… ご主人様の夜の相手をする事を……!」
「この話は、やめましょう」
ーー僕は、ヨル、あなたのことが……
アサはコーヒーと共に、言いかけた感情を飲み込んだ。
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