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はじまり
高校生活1年目を終えて、2年生に進級して数週間。今日も僕に災難は降りかかる。
「君が海堂理仁くん?」
「だったら何ですか?」
帰ろうと思っていた僕は知らない男の人に声を掛けられた。あぁ、ここを通るんじゃなかった。僕のことを見るいやらしい目つき……。またか。
「噂以上にきれいな顔してるな」
「そこ、退いてもらえませんか?」
努めてやんわりと断りを入れる。すると卑下た笑みを浮かべた男は僕に近づき頬を撫でた。ゾワッと全身に鳥肌が立つ。
「やめてください」
「気持ちよくさせてやるから」
顔が近付く。その頬を思いっきり引っ叩いた
「いてーな。何すんだよ」
「それはこっちの台詞です」
「好きなんだろ?セックス。さっさとやらせてくれない?」
男が目の色を変えて僕に襲いかかろうとする。気持ち悪い。
「気持ち悪いんだよ」
咄嗟に男の腕を掴んで一本背負いした。あっ、きれいに決まった。ドサッと音を立てて男は地面に倒れ込んだ。
「あのー、大丈夫ですか……?」
一応声をかけると、起き上がった男は舌打ちをした後に「話が違うじゃねーか」と吐き捨てて去っていった。
「ふぅ。全くいい加減にしてほしいんだけど」
結構な人数の奴らを追い払ってきたのに、まだ出てくるのか。
「ブハッ」
後ろの方から笑い声が聞こえた。振り返ると窓際に男がいた。その男はピアスを大量につけた黒髪長髪男で僕を見てお腹を抱えて笑っている。
「何か?」
「投げ飛ばしたやつ初めて見た。きれいに回転してたなー。クルって。アハハ」
「護身術は基本だと思ってるので」
フッと笑うと窓の縁に足をかけて華麗に地面に降り立ち、僕のところへ近付いてきたかと思うとあっという間に押し倒された。動こうとするが押さえつける腕はビクリともしない。唖然として見つめると「弱っ」と言ってニヤリと笑ったあと力を抜いて俺から離れた。
「いっ、今のは仕方がないだろう」
「あんた今の状況だったらやられてたね」
何も言い返せずに唇を噛み睨みつける。
「きれいな顔して勇ましいんだな」
「自分の身は自分で守ろうと思ってるだけです」
「ふーん、かっこいいね。俺そういうの好き」
「はぁ!?」
ケラケラと笑いながら去っていく男の後ろ姿を呆然と見つめて、さっき押し倒された事を思い出す。全然敵わなかった。もっと強くならないといけない。
首元に触れた。チョーカーやっぱりつけたほうがいいのだろうか。今までは何とかなってきたけれど、僕より強いやつは確実にいる。薬で抑制しているとはいえ、もし万が一発情してそんなやつに項を噛まれでもしたら……想像して身震いする。
僕がこんな風に声をかけられるようになったきっかけは1人の先輩のせいだ。その人は大企業の御曹司で、αであるその人はそれはそれはモテる人だった。そんな彼から告白をされた。全く興味がなくて丁重にお断りしたら、それが彼の逆鱗に触れて「あいつはΩでセックス好きだから声をかければすぐに股を開く」と吹聴するようになった。彼の発言は一部の奴らに火をつけて、その人が卒業していなくなった今も噂は消えず、度々今みたいな事が起こるようになったのである。まぁ、返り討ちにしてやったけど。実際は抱いたことも抱かれたこともないというのに。そんな僕がセックス大好き人間に見えるのか些か疑問ではあるのだが、噂とは恐ろしいものである。
「はぁ、1番大切なのは勉強だろ。学生は」
独り言ちて制服についた土を手で払う。ちっ、落ちない。母さんになんて言おう。ため息をついてその場を後にした。
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