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この気持ちは
夏休みが終わり、目前に迫った文化祭の準備で忙しい日々を送っていた。
「りとのとこ文化祭何すんの?」
「和風喫茶」
「へー。和風喫茶」
「須藤のとこは?」
「プラネタリウム」
「おぉ、行ってみたい」
「興味あるんだ。和風喫茶ってことは浴衣とか着んの?」
「うん、着るよ。わざわざ買いに行ったし」
「えー、超楽しみ」
「別に楽しみにするようなものじゃないけど」
「楽しみだよ、りとの浴衣姿」
「そうかな」
「うん、そうなの」
僕の浴衣姿なんて見てもしょうがないだろうに。須藤って変なやつ。
慌ただしく日々が過ぎていき、文化祭の日がやってきた。招待券があれば他校の生徒も入ることができるようになっていて結構盛り上がる。彼氏彼女を招待する人たちが多くて、至るところでいちゃつくカップルを目にする。
午前中は接客当番になっていて、慣れない浴衣姿でお客さんが座るテーブルと裏側の準備スペースを行ったり来たりしていた。
「いらっしゃいませー。うわっ」
「来ちゃった♡似合ってるじゃん」
「そりゃどうも。ご注文は?」
「うーん、じゃあ冷たいお茶とお団子のセットで」
「かしこまりました」
注文されたものの準備をするために裏側に入って内容を伝える。ここでは当番が別にいて、注文されたものを用意してもらう。
「おまたせしましたー」
須藤の前にお茶とお団子を置いて、二人組のお客さんの元に向かう。
「お兄さんめちゃくちゃ美人ですよね」
「いやいや、そんな事ないですよ」
上から下まで値踏みするような視線を浴びせられて、嫌な気分になる。早く注文を聞いて他の人に持っていってもらおう。そう考えている時にその人の手が僕の手に触れた。反射的に手を振り払ってしまう。次の瞬間「触んな」という須藤の低い声が聞こえた。席を立った須藤がこっちへ歩いてきて威圧するような声音で「俺のりとに触んな」ともう一度言った。その人は「いや、ちょっと触れただけで……」と言ったが須藤の「あぁ!?」というドスの効いた凄みに小さくなって「すみませんでした」と呟いた。
「注文は?」
「あっ、じゃあお茶2つ」
須藤が二人組に向けていた厳つい表情を崩してこちらを見た。不覚にもかっこよくて見惚れてしまった。
「だってさ。大丈夫?」
「うん」
「りとはこいつらに近づくなよ」
「ありがとう」
「どーいたしまして」
裏側に引っ込んで先程の須藤を思い出す。いつもの須藤からは想像できないくらいすごい威圧感だった。
俺のりとって言ったよな。恋人のフリをしてるんだから普通なんだろうけど、何か嬉しい……。ヤバい、顔熱くなってきた。
「海堂くん、大丈夫?」
学級委員の小川さんに声をかけられた。
「はぇ!?」
「顔赤いよ?」
「平気だよ。大丈夫」
「さっき……その触られてたみたいだけど」
「あぁ、うん。大丈夫。少しだし」
「もう向こう行かなくてもいいと思うよ。海堂くんきれいだからああいう事が起こるかもって考えなきゃいけなかったよね。ごめんね、嫌な思いさせて」
「いや、小川さんが謝ることないよ。あんな事する人がいるなんて誰も思わないでしょ」
「そうかもだけど」
「もう大丈夫。須藤が目を光らせてくれてるだろうし」
「そっか。さっきかっこよかったもんね」
「そうだよね?やっぱりかっこよかったよね?」
「えっ、うん」
「僕だけじゃなかった」
「格好いい彼氏さんだね」
「うん、格好いい彼氏で……す……。いや、僕何言ってるんだ」
「ふふ、惚気られちゃった」
「いやいやいや」
「じゃあ、あともう少しよろしくね」
小川さんに格好いい彼氏発言とかしてしまった。本当に何言ってるの!?あれは偽物で……彼氏ではないというのに。
隙間から須藤を盗み見る。スマホを弄りながら団子を頬張っている。何かやけにキラキラしていないか?僕の目がおかしいのか?目を擦って周りを見てからもう一度須藤を見る。うーん、やっぱり何か違う。何だろ、これ。
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