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制服に着替えて教室を出ると「一緒にまわる?」と言ういつもと変わらない須藤がいて拍子抜けしてしまった。さっきのはからかわれたのかな。「そうだな」と返事をして適当にブラブラ見て回ることにした。
「須藤は何もしなくていいのか?」
「うん。俺準備頑張ったし」
「えらいじゃん。僕はまた裏方業務があるから」
「忙しいな」
「そうだな。文化祭って感じがするけど」
「俺は面倒くさいからやだなー」
歩いていると悲鳴が聞こえた。嫌な予感がする。絶対にあれだ。あれに違いない。
「須藤、あっちに行かないか?」
「りと、お化け屋敷だ」
ちっ、気付かれたか。
「行って……」
「行かない」
「……嫌いなの?お化け屋敷」
「映像で見るのは大丈夫なんだけど、目の前に出てくるのは苦手なんだよな」
「へー」
「おい、聞いてるのか!?須藤?」
僕の手を引っ張って教室の中に入っていった。真っ暗な教室に不気味な音と悲鳴が響き渡る。
「須藤、聞いてたか?僕はリアルなのはにが……うわ――――っ!!」
突然現れたゾンビみたいなものに驚いて須藤の腕にしがみついて叫んでしまった。
「怖い……リアルなの……怖い……」
映像ならいいんだ。いや、これも偽物だって分かってるけど、分かってはいるけど……
「ぎゃぁぁぁ――――――」
突然出てくるな。いや、風あててくるな。やめてくれ、もう早くここから出してくれ。
須藤にしがみつきながら散々叫び倒して、ようやく出口にたどり着いた。たぶん5分もかかってないんだろうけど体感的にはものすごく長く感じた。
「須藤、よくもやってくれたな」
涙目で須藤を睨む。途中でちょっと泣いてしまったかもしれない。
「かわいいりとちゃんが見れてよかったけど」
「よくない。許さん。絶対に許さない」
「ごめん」
「すごく怖かったんだからな」
「お詫びするから」
「じゃあ……」
お詫びと言われても咄嗟には思いつかず、辺りを見回す。
「あれ、あのチョコバナナ買って」
「……食べてるとこ見れんの?」
「は?」
「何かちょっと……」
「何?じゃあフランクフルトにしようか?」
「なんでそういうのばっかり選ぶんだよ」
「だってそれしかないし。他のとこ見てみようか?」
「せっかくだからチョコバナナで」
「せっかくって何?」
「ご褒美かな……」
「何を言ってるんだ?早く買ってきてよ」
「分かった」
高級チョコとかにすればよかったかな。また後で追加しようかな。
「はい、おまたせ」
カラフルなトッピングがついたチョコバナナを差し出された。
「ありがとう」
「待って、ここで食べちゃダメ」
「ん?どこで食べんの?」
「こっち来て」
辺りを見回しながら人混みの中をすり抜ける須藤に着いていく。
「やっぱ人多いな」
「他校からも来てるからな」
「全くどっかないのかよ」
「どこでもいいんじゃないの?」
「二人きりになりたい」
「え……」
二人きりって……。鼓動がまた激しさを増す。
「まぁ、ここでいいか」
人通りが少ない階段に腰をおろす。
「いただきます」
がぶりとバナナに齧り付く。初めて食べたけどなかなかおいしい。
「うん、おいしい」
「エロい」
「ん?」
「ちょっと咥えたままこっち見るな」
「あっ、食べる?」
「じゃあ一口ちょうだい」
「うん」
チョコバナナを須藤の口元に持っていく。口を開けて齧り付き、咀嚼して飲み込んだあとに唇を舌で舐めた。その一連の流れがやけに色っぽい。
「何?キスする?」
「バッ……何言ってんだよ」
「して欲しそうな顔してた」
「してません。どんな顔だよ」
「いや、俺がしたくなる顔かな」
「何それ」
ちょっと距離を取る。動揺を悟られないように黙々とチョコバナナを頬張った。今日の須藤おかしくないか?カップルが多いから影響を受けているんだろうか。僕も少しおかしいけれど。
「お詫び」
「ん?」
「足りないから高級スイーツも追加」
「いいよ。何でも買ってあげる。いい思いさせてもらったし」
「そんなに行きたかったのか?お化け屋敷」
「まぁね」
「変なやつ」
まっ何か良いもの食べれそうだし許してやるか。
「フランクフルトも食べる?」
「いや、もういいよ」
「あっ、そう。残念」
「残念って何?」
「いや、べつに。……俺のものにならないかな」
「何が?」
「……りとが」
通り過ぎた人達の声に掻き消されて須藤の声が聞き取れなかった。
「えっ、何?」
「なんでもなーい。そうだ、俺ファッションショー出るから見に来てよ」
「ファッションショー?」
「そう」
「初耳だ」
「今言ったからね」
「どうして早く言わないんだよ」
「サプライズ?」
「意味が分からない。でも意外だな。そういうのやるんだ」
「モデルが見つからないって言って困ってたから」
「須藤は背が高いから映えそうだな」
「りとも声かけられそうなのにな?」
「僕はないよ。何時から?クラスの当番と被ってなきゃいいけど」
「2時……かな?」
「曖昧だな。たぶん大丈夫だから見に行くよ」
「ランウェイからファンサしてあげる」
「ファンサって何?」
「ファンサービス」
「ファンじゃないけど」
「惚れんなよ?」
「えっ、誰が誰に?」
「この野郎……そんな事言うやつはこうだ」
僕に近づいて脇腹を擽ってきた。
「アハハ、くすぐったい。やめろよ」
「りと言い方が冷たいんだもん」
「ごめん」
下を向いていた顔を上げると思ったより近くに須藤の顔があった。須藤の息がかかる。
「ごめん」
慌てて須藤から離れた。
「こっちこそごめん」
「僕もう行くよ。また後で」
「うん」
なんとなく居辛くなって立ち上がった。本当はまだ時間があったけど。今日はやっぱり変だ。
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