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「あの、海堂くん。付き合ってる人いる?」
屋上に呼び出された僕は、髪の長いお上品そうな女の子と対面している。
「いないけど」
この後に続く台詞を僕は知っている。
「好きです。私と付き合ってくれませんか?」
「ごめんね。今は誰とも付き合う気ないんだ」
「そうですか。時間取らせてごめんなさい」
潤む瞳を伏せて僕の前から彼女は立ち去った。
「はぁー」
「あんたモテるんだな。何人目?人間ホイホイなの?」
「また君か。嫌な言い方しないでくれないか」
「本当のことなんだからしょうがないじゃん。男には襲われて、女には告白される。忙しいやつだな、お前」
度々僕の前に現れるようになった男が楽しそうにそんな事を言った。
女の子に屋上へ呼び出されて告白されるというのも日常茶飯事で、誰とでも寝る男って女子の間でも広まらないかなと思ってしまう。僕なんかの何がいいんだか……。
「つき合えばいいじゃん。今の子超可愛かったし」
「勉強の方が大事だから恋愛してる暇ないんだよね」
「ふーん」
僕は両親と血が繋がっていない。今まで育ててくれた二人のためにレベルの高い大学に入って、就職もして安心させてあげたい。そのためにはとにかく勉強に時間を割きたいのだ。
そんな考えを持っている僕と付き合ってもきっと退屈な思いをさせるだけだ。
「俺と付き合ってよ」
「話聞いてた?」
「うん」
どういうことだ?恋愛している暇はないと言ったにも関わらず付き合って発言をするというのは?
「ごめんなさい」
「本気で付き合ってって言ってないけど」
「理解できないから分かりやすく言ってくれない?」
「付き合ってるフリをして欲しい」
「お断りします」
「よく考えてみろよ。俺と付き合ってるってのが広まったら告白も減るだろうし、襲われそうになったら助けてやれる。いいと思わない?」
「君と付き合ってるって思われるのが嫌だ。だいたい君に何のメリットがあるんだ?」
「俺と付き合えるなんて光栄な事だろうが。まぁ、いい。俺あんたの事気に入ってるし、婚約者を探さなくて済む」
気に入ってるというところは無視する。
「婚約者?」
「クソババアが婚約者がいれば俺の素行が良くなるんじゃないかとか言い出したんだよ」
「君、そんなに素行悪いの?クソババアって言い方も気に入らないな」
「ちょーっと帰りが遅いだけなのに。普通だと思うんだけど」
「えー、普通じゃないから言われるんでしょ。作ればいいじゃん、婚約者」
「嫌だよ、遊べなくなるじゃん。本当の恋人じゃないなら今までと変わらずに過ごせるだろ?」
「知らないよ。とにかくお断りだからな。勉強しないやつと付き合いたくないし」
「じゃあさ、今度の試験で学年1位なったら付き合ってくれる?」
「君が?学年1位?僕より上に行くってこと?」
「あんたが学年1位か。いいね、燃えるじゃん。泣きっ面を拝んでやるよ」
その言い方にカチンと来てつい「いいだろう、受けて立つ」と宣言してしまった。
「俺やれば出来る子なんだよね。楽しみにしてるわ、あんたと付き合えるの。
あっ、俺須藤拓海。あんたの名前の上にこの名前があったら俺の勝ちだからな?」
ヘラヘラと笑う男に、さらにイラッとする。
「とりあえず覚えておく。僕も楽しみにしてるよ」
こんなやつに負けるわけがない。今まで通り、いや念のため今まで以上に勉強してやる。
学校の授業を終えるとそのまま塾に直行し、帰宅してご飯を食べてからも勉強をする。こんなにもやる気を出しているのは久しぶりかもしれない。そう思うとあの男に少しだけ感謝してやろうという気がしてくる。
試験の全日程を終え、周りはしばしの休息モードに入っている。手応えはあった。たぶん大丈夫だろうと思っていた僕は、見事に鼻をへし折られることになる。
「398点……」
僕の名前の上には須藤拓海というあの男の名前が刻まれていた。
あと1点……足りなかった。
あの男もこの結果をどこかで見ているのだろうか。
こんなにもショックを受けたのは初めてだ。学年1位を今まで死守してきたのに。あっさりと負けてしまった。
「よぉ」
「君か」
しょげ返る僕の隣に彼が立っていた。
「俺ってやれば出来る子だろう?」
「そうだね、完敗だよ」
「約束守ってもらうからな?海堂理仁くん」
「分かっている」
「仲良くしよーなー。よろしく」
差し出された手を渋々握った。
負けてしまった僕が悪い。この日からこの須藤拓海とお付き合いのフリをする日々が始まった。
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