はじまり

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「りーとーちゃーん」  昼休みになり廊下を歩いているとあの男が僕に近づいてきた。 「大きい声で呼ぶな。目立つだろ」  顔を近づけて小声で話す。 「わざとに決まってんじゃん。付き合ってるって周りにアピールしないと、今までと変わらないだろ?」 「だからって腰に手を回すのはやり過ぎだろう」 「ん?細い腰だよなー。ちゃんと食べてんの?」 「うるさい。触るな」 「おいおい、りひとくん。俺は彼氏だよ?触るのは普通だろ?」 「ベタベタするな。みんな目のやり場に困るだろう」 「困るくらいがちょうどいいんだよ」 「はーなーせー」 「照れ屋さん。あれ?昨日の夜のこと思い出しちゃった?」  周りがざわつくのを肌で感じる。 「バカ、お前はなんてことを言うんだ」 「かーわいい」 「……」  もう何も言えない。こういう時何て返すのが正解なんだ?分からない。 「昼飯食べようぜー」 「あぁ、そうだな」  もちろん昼ご飯は一緒に食べる。食べたくないけど仕方がない。 「疲れる」  誰もいない屋上でつかの間の休息を味わう。日陰とはいえ6月の屋上は暑い。 「何もしてねーじゃん」 「君と一緒にいた。歩いているだけで疲れた」 「ほぼ文句しか言ってなかったけどな」 「腰に手を回さなくても普通に歩けばいいじゃないか」 「じゃあ手繋ぐ?」 「絶対に嫌だね」  母が作ってくれた弁当を頬張る。 「うまそー。俺のパンと交換しよう?」 「嫌だ」 「いいじゃん。ケチー」 「……何がほしいんだ?」 「それ、その卵焼き」 「はぁ、しょうがないな。口を開けろ」 「は?」 「口に入れてやるから開けろって」 「あぁ、そりゃどうも」  彼の口に卵焼きを突っ込む。 「おい、もうちょっと丁寧にあーんしろよ」 「パン寄越せ」 「口開けろ。仕返しだ」 「普通に渡せ」 「ほら、あーん」 「いらない」 「あっそ。超おいしいのにー」 「グッ……」  食べたい。チョコがかかっていてめちゃくちゃ美味しそう。甘いものに目がない俺は誘惑に負けて口を開けた。 「はい、あーん」  がぶりとパンに噛みついた。  「うまっ!めちゃくちゃおいひい」 「甘いもの好きなの?」 「大好き。うーん、最高だな」 「全部あげようか?」 「いいのか!?じゃあ好きなの取っていいぞ?」 「じゃあ、この肉のやつ。食べさせて?」  彼の口に今度はもう少し丁寧に入れてやった。変わりにパンを頂く。 「もっと食べていいよ?パンもらったし」 「まぁ、いいよ」 「お腹空くと授業に集中できなくなるぞ?」 「出ないからいいよ」 「またそんな事を言う。真面目に授業を受けないと辞めるからな。俺の彼氏が不真面目では困る」 「分かったよ」 「ならいい」  またパンに齧りついた。 「手繋いで教室まで戻る?」 「絶対に嫌だ。先に行くから」 「アハハ、釣れない事言うなよ。今日は、塾あんの?」 「いや、今日はない」 「じゃあ一緒に帰るか」 「えー……」 「露骨に嫌そうな顔すんな。アピールは大事だろ?」 「分かったよ」 「迎えに行くから」 「はいはい、分かりました」  帰りも演技しないといけないのか。憂鬱過ぎる。  二人で並び歩いて教室に戻ろうとすると、彼が手を繋いできた。 「おい」 「見てるやつがいた」 「はぁ、本当かよ」  気になる。指を絡めて繋ぐ……これは恋人繋ぎというものではないのか?なんていうか、普通に恥ずかしい。 「手を繋いだだけで赤くなるとかどんだけかわいいの」 「別に赤くなってない」 「じゃあ、また放課後な」 「うん」  席についてぼんやりと外を眺める。  どうでもいい人と手を繋いだだけでもあんなに緊張するのに、これがもし好きな人だったらどうなるんだろう。世の中のカップルは平然と手を繋いでいて感心してしまう。自分にもそんな日は訪れるのだろうか。チャイムが鳴り、まぁ訪れそうにないなと考えて思考を止めた。
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