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閑静な住宅街に佇む日本家屋。立派な門構えに圧倒される。インターホンを鳴らすと女の人の「はーい」という声が聞こえたあとにガチャリと鍵が開く音がした。恐る恐る門を開けると広大な日本庭園が横に見えた。玄関の扉まで続く石畳を歩いていく。
ふと玄関を見ると、髪を1つに束ねた須藤の姿が見えた。
「なんだよ、この家。前もって言っといてくれよ。びっくりするじゃないか」
スケールが大き過ぎて動揺してしまった。ただでさえ緊張しているのに、さらに緊張感が増す。
「どうやって伝えればいいんだよ」
「それはそうかもしれないけど」
「たっくん、来たー?」
玄関に入るとほんわかした雰囲気の須藤にそっくりなきれいな女の人が目を輝かせて僕を見てきた。
「部屋で待っとけって言ったじゃん。あとその呼び方やめろ」
「もう待ちきれなくて」
「こちらの方は?」
「母親」
「はじめまして、拓海の母です」
「はじめまして、拓海くんとお付き合いさせていただいている海堂理仁です」
今日のために何度も練習した挨拶をして頭を下げた。頭を上げるとにこやかに微笑むお母さんと目が合った。お母さんめちゃくちゃ若々しい人だな。予想と違う優しそうな雰囲気に安堵する。
「入って入ってー」
「お邪魔します」
所々に飾られてある置物がとても高そうで萎縮しながら歩みを進める。連れられてやってきた部屋には、これまた温厚そうな男の人が座っていた。この方がお父さんか。イメージと全然違う。
「はじめまして、海堂理仁です」
あっ、お付き合いしてるのところ言い忘れた。
「よく来てくれたね。さぁ座って」
にこやかに話しかけられてホッとしたけれど、少し緊張したまま座った。
目の前にキラキラ輝くケーキと紅茶が用意される。美味しそう……。
「甘いもの好きなんでしょう?たくさん用意したから遠慮せず食べてね」
「ありがとうございます。いただきます」
ニコニコ微笑むご両親に見つめられながらケーキを一口食べる。うわ、濃厚!でも甘すぎないクリームがめちゃくちゃ美味しい。がっついちゃダメだと分かっているのに、一口また一口と口へ運んでしまう。こんなの止まらない。
「とても美味しいです」
たくさんあると言っていた。違う種類なのかな。いや、ダメだろ。おかわりしたいという気持ちを押し殺す。
「気に入ってもらえてよかった」
「りとは甘いもの好きだからな」
「かわいいわぁ。私もりとくんって呼んでもいい?」
「あっはい」
「りとくんは、拓海のどこが好きなの?」
いきなりの質問にケーキを口から出しそうになった。好きなところ?そんな事聞かれるのか!?隣を見ると、知らん顔をした須藤がケーキを頬張っていた。こいつ……。
「そうですね……優しいところですかね」
「そうなの?」
「はい、そうですね」
当たり障りのない回答をして微笑む。ダメだ、掘り下げられたらボロが出そう。
「拓海は?りとくんのどこが好きなの?」
「かわいいとこ」
「!?」
かわいいって何?
「分かる、りとくんってかわいいよね」
分かるの?僕ってかわいいの?
「確かに可愛らしいな」
お父さんまで!?須藤家は僕の事かわいいと思うの?
「あらー、赤くなってる。馴れ初めとか聞きたーい」
そりゃあ全員にかわいいなんて言われたら恥ずかしくて赤くなってしまうと思う。
「なんでそんな事言わなきゃいけねーだよ」
「気になるじゃない。拓海が初めて連れてきてくれた子だもん」
「会いたいってうるさいからだろうが」
馴れ初めなんて考えていないぞ。ハラハラしながら様子を見守る。須藤がんばれ!
「もういいだろう。りとも緊張してるだろうし」
「えー、残念」
残念がるお母さんをお父さんが宥めている。慌てて残っている紅茶を飲み干した。
「今日は来てくれてありがとう。ゆっくりしていってくれていいから」
「ありがとうございます」
頭を下げて須藤に連れられて部屋を出た。
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