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「治療師は兵士を癒すため、戦いの要になる。師団の基地は敵からしたら狙うべき場所だ。これまでに何人もの治療師が犠牲になってきた」  世間では大切に扱われるという治療師だが、それは皇帝の住まいである皇宮内で働く宮廷治療師と、地方を回り、戦地で兵の治療にあたる一般の治療師とは雲泥の差がある。  宮廷治療師は皇族の治療にあたるので、力の強い者か、身分の高い貴族の子でないと皇宮では働けない。  彼らは、民が想像する、大切にされる治療師の姿そのものだ。  安全なところで日々研究に勤しみ、贅沢な邸を与えられて、みんな結婚して豊かに暮らしている。  それに対して、光が当たることのないのが一般の治療師だ。  命じられればどこにでも行かなくてはならず、時に戦場に立つこともある。  もちろん戦う術など身につけていないので、敵に狙われて命を失うことも。  そのためにどこも人手不足で、使える人材は次々と戦線に送られていた。 「皇帝は我々を使い捨てにするつもりかもしれんな。常に意に沿って、懸命に働いてきたというのに……」 「それは……」 「この地の部隊は解散し、二つに分かれることになった。お前はろくに力がなくて役に立たないが、それでもいないよりはマシだ。東のオーランド国との堺にある基地に行ってもらう」 「は……はい」  オーランドと聞いて、フィンは体の奥が震えてしまった。  オーランドは大陸では帝国に継ぐ強国とされていて、長い歴史の中で幾度となく戦いを繰り広げてきた。  ここに来てかなり力をつけてきたらしく、帝国はどんどんと領地と戦力を失っていた。  オーランドとの戦いはまさに死戦、国境近くの地域は死戦場と呼ばれていた。  今までオーランドに向かって行き、帰ってきた治療師はいない。  死んだのか逃げ出したのか、それすら情報が入ってこなかった。 「私は西の国、エスタニアン近くの基地に向かうことになった。高地ゆえに守りやすいと聞くが、戦場には変わりない。おそらくお前とは再び会うことはないだろう。職務はしっかり果たすのだ。分かったな」 「はい、おせわになりました」  師団長は一般の治療師をまとめる人だ。  若い頃は大陸中走り回ったと聞くが、今は年老いて体力も少ない。  戦地で暮らすような無理はできないというのに、彼を担ぎ出す必要があるということは、帝国はかなり追い詰められているのだと感じた。  首都に近い駐屯地は比較的穏やかで、犯罪すら少ないために、帝国がおかれた現状を知ることはできない。  首都の貴族達は着飾ってパーティー三昧で、駐屯地近くの町にも避暑に訪れて、優雅に船遊びをしているところを見かける。  平和な世界しか目にしてこなかったフィンにとって、戦場へ送られるということは、死を意味していた。 「お前は嫌がっていたが、治療師として真の治療を施す機会があるかもしれん。その時は教えた通り、しっかりやりなさい」 「はい……わかりました」  別れ際に触れたくない場所に触れられたが、フィンは頷くことしかできなかった。  とにかく自分のできることをしよう、それしか道はないと考えて、フィンは頭を下げてから師団長の部屋を出た。  それからすぐに首都近郊の駐屯地にいる部隊は解散となった。優秀とされていた治療師の中には、皇宮から呼び戻された者もいたが、ほとんどは二手に分かれて戦場に送られた。  フィンはオーランドに向かう面々を見て、言葉を失ってしまった。  普段から声をかけてくれた、優しい治療師の人達はみんなエスタニアンに向かってしまい、オーランドに向かうのは、フィンが苦手とする人ばかりが集まっていた。  全員馬車の荷台に乗せられたが、フィンが乗り込むと、あからさまに嫌そうな顔をされてしまった。  オーランド行きの者は、力が弱くて揉め事ばかり起こすという人間が集められていた。  まるで打ち捨てられたような気持ちになって、フィンは項垂れたまま、一番端に座って小さくなり、ひたすら目を閉じていた。  フィンのことなど構う人間は誰一人いない。  馬車が走り出したら、みんなそれぞれ自分の場所を作って、ベラベラと話し始めた。 「それにしても、最悪だな。どう考えてもこっちは、死んでもいいような人間の寄せ集めだぜ」 「ああ、まったくだ。見ろよ、雑用係までいるぜ」  治療師として認められていないフィンは、雑用係と呼ばれていた。  視線が集まっていることが分かって、フィンはますます小さく身を縮めた。 「せめて綺麗なネーちゃんでもいてくれたらなぁ」  ひとりの治療師がそう言い出すと、周りの男達はその通りだと言って頷いた。  なぜか分からないが、神力を授かるのはほとんどが男性だ。
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