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 女性もいないわけではないが、女性の能力者は飛び抜けて力が強いために、全員宮廷治療師となっている。  そのため、フィンは今まで女性の治療師を直接見たことはなかった。  きっと、ここにいる男達もみんなそうだろうと思った。 「治療師の女なんて、必要ないね。俺はアッチで満足だよ」 「お前、まさかアレをやっているのか。体を壊すぞ、ほどほどにしろよ」 「アレをまともにやるもんか。治療だと言って好きにやっているだけだ」 「悪い男だなぁ、お前は」  男達がゲラゲラと下品な笑い声を上げるのを、フィンは目を閉じて聞かないようにしていた。  治療師というのは特殊な環境もあるので、患者と恋愛関係になってしまう者もいる。  むしろその方が治療には好都合なところがあるのだが、たくさんの患者を治療しなければいけないので、特別な関係や繋がりを持たないように言われている。  治療師と言っても特別な力を持つだけで中身が聖人だというわけではない。  むしろ鬱屈した環境の中で、立場を利用して憂さ晴らしのようなことをする連中もいた。  東行きの馬車に乗っているのは、そう言ったよくない噂があった者達ばかりだったので、フィンはますます気持ちが落ちてしまった。  それから何日も馬車に揺られて、いよいよオーランドの国境近くにある東の砦に到着した。  夜の闇の中、松明が灯る砦の門まで着くと、跳ね橋が下された。  砦の中に入ると、みんな慣れたもので、やっと着いたと言って、肩を鳴らして立ち上がった。  フィンが馬車を降りて辺りを見回すと、夜の見張りの人間以外は寝静まっている様子だった。  死戦場と聞いていたが、砦の中は思っていたより落ち着いていた。  そのわけは出迎えに出てきた兵士の男からすぐに聞かされた。 「静かでびっくりしたんじゃないですか? 数日前、こちらの作戦が上手くいって、前線にいた敵の本部隊を壊滅状態に追い込んだのです。これでしばらくはヤツらも身動きが取れないですよ」  他の治療師達は戦況など、どうでもいいと言った様子で、荷物を持って無言で宿舎に入って行ってしまったので、まだ少年にも見える兵士は、フィンを見つけたら興奮気味に話しかけてきた。  彼は入隊したばかりで、名前はイギンと名乗ってきた。歳はフィンよりも年下で、十五になったばかりらしい。  イギンは赤い髪に、鼻の辺りに散ったそばかすが特徴的な顔をしていた。  人懐っこくよく喋るので、フィンが知っている兵士の雰囲気とは違っていた。 「すぐに攻勢に出たいところ何ですけど、こちらもかなり被害を受けているんです。だから、治療師の増員があると聞いて、みんな心待ちにしていました。今いる治療師は、みんな年老いていて、すぐに疲れてしまうんです」 「見た目以上に、体力のいる仕事ですから」 「そうそう、大変そうだなとは思っていました。それに治療師の人達は、みんな似たような体格で見た目も何となく……」  イギンの言葉が詰まったので、フィンはよくあることだと苦笑した。 「治療師というのは、みんな成長期の頃には力を使っているので、体に負担がかるのです。だから、あまり成長しないので、見た目も幼く見えるでしょう」 「はい……、子供には見えませんが、フィンさんも俺と同じ年くらいに見えました」  顔の作りに多少の違いはあるが、治療師になる者は、一般的な容姿である、茶色の髪に茶色の瞳をしている。  フィンもそれと同じで、茶色の髪に瞳の色こそ少し薄いが茶色だった。  治療師同士であれば見分けがつくのだが、外の人間からすると、みんな似ているから、誰が誰か分からないとよく言われることがあった。 「厨房や、洗い場を案内してくれますか?」 「え?」  イギンが変な質問だなという顔をしたので、フィンは始めに自分の立場を話しておいた方がいいと足を止めた。 「私はまだ、治療師見習いの治療係なのです。肝心の治療の方ではあまりお役に立てないと思うので、前の駐屯地では雑用を任されていました」 「そ、そうですか。そういうことなら、今は下っ端の俺とか、あと何人かで分担しているんですけど、フィンさんに頼んでもいいですか?」 「もちろんです。治療もろくにできずに、戦いもできない。使えない人間は、他で少しでもお役に立てなければ」  治療師ではないと言ったからか、イギンから緊張した様子が消えた。  仲良くなるなら今しかないと思ったフィンは、お互いに敬語はやめようと言って、改めて手を差し出してイギンと握手をした。    夜も更けていたが、一通り砦の中を案内してもらい、寝床のある部屋まで連れてきてもらった。  戦場の砦らしく、木で簡単に作られたものなので、寝心地はあまり良くなさそうだが、荷馬車の中で寝るのとは天と地の差がある。
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