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 生物のおじいちゃん先生の授業は決まって眠くなる。だがどういうわけか、今日の私は、珍しくちゃんと起きて授業を聞いていた。    おじいちゃん先生は、授業の途中でふと何かを思い出したように、教科書をペラペラとめくりながら「残暑が厳しい日が続いていましたけれども、今日は少し涼しくて過ごしやすいですね…空には鱗雲がよく見られるようになったし、虫の鳴き声も良く聞こえるようになって、夏ももう終わりですなぁ…」と話しだした。  おじいちゃん先生が言うように、今日は涼しい。  ヒュルルっと乾いた風が、草木の香りを連れて教室に流れ込んできて心地良い。  おじいちゃん先生の話を聞いていると、"あぁ、高校生活最後の夏が終わってしまう"と、不意に寂しい気持ちに襲われて、私は敦矢の席の方に視線をやった。  あと何回、こうして同じ教室で一緒に授業が受けられるのかな…  敦矢は私の視線に気づいて、クールに小さく手を振った。    おじいちゃん先生は窓の外の空を見上げて「それはそうと…虫は求愛のために鳴きますが、人間には言葉があります。他にも音楽、歌、俳句…たくさんの表現方法があります。みなさんは傍にいる愛する人に、今の気持ちを惜しみなく伝えましょう…」と呟いた。  そして「おっと、いけませんね…季節が秋めいてくるとどうも寂しい気持ちになって、詩人になります…ささ、授業に戻りましょう…」と、また眠い眠い授業が再開された。    
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