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◇
「中学生のときにね、私変なあだ名付けられてさ」
グラスを傾けながら、彼女はそんなことを話した。顔は少し赤い。まだ半分も飲んでいないはずなのに。
「へぇ、どんな?」
「えー、変なあだ名」
「いやだから、どんなあだ名なんだよ」
「うーん、やっぱり恥ずかしいからいや」
「なんじゃそら。自分から言い出したんじゃん」
「えへへへ」
酔っている。彼女は確実に酔っている。
同棲を始めて二ヵ月。この生活にもようやく慣れてきた。彼女がどう思っているのかはわからないが、直人自身はもちろん結婚も視野に入れていた。こんなにも相性のいい相手は他にいない。隣りにいるだけで居心地がよかった。
「じゃあさ、直人はどんなあだ名だったの?」
「俺? 俺は別に普通だって。直人とか、ナオとかさ」
「ふーん、つまんないなぁ」
「つまんないってなんだよ」
「ははは」
笑う顔が可愛い。直人の言葉で楽しそうに笑う姿が愛おしかった。
「こういうのいいよね」
「こういうの?」
「そう、こういうさ、なんでもないことで笑い合えるっていうの。私、凄く好きなんだこういう時間って」
腕にしがみつく彼女は嬉しそうだった。優しく頭を撫でてあげると、恥ずかしそうにクスクスと笑う。
「ねぇ直人」
「ん?」
「私さ、直人と海外旅行行きたいな」
「海外? いやぁ、どうかなぁ。仕事忙しいし、そんな時間取れるかな」
「ダメ? 毎日忙しそうにしてるからさ、たまにはゆっくり休みたいなって思って」
「そうだなぁ。確かにゆっくりしたいけど、今すぐってわけにはなかなかいかないよ。来年とか、もうちょっと待って」
ようやく仕事にも慣れ始めた頃だ。大きなプロジェクトにも参加できるようになってきて、仕事が楽しくやれている。ここで休みなんて取っている場合じゃない。彼の中では決まっていた。
「そうだよね、ごめんね。忙しいのにこんなわがまま言って」
「いや、いいよ。俺の方こそごめんな。落ち着いたら絶対行こう。約束するよ」
「ほんとに? ありがとう。約束だよ」
彼女と小指を絡ませる。
「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたらはーりせんぼんのーます、ゆびきった」
あははは、と笑い合う二人。何気ないやり取りが楽しくて、毎日が充実している。
幸せを感じていた。結婚、という二文字が頭をよぎる。まだ早い。でも、将来的にはこの子との生活を想像した。
ますます仕事を頑張ろうと思った。彼女を幸せにするために。
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