第一問

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第一問

「では、第一問!」  司会者の男性アナウンサーが手に持ったマイクにそう大声を張り上げた。  直人の視界には二つのパネルが見える。三十メートルほど先にあるのは◯か✖かの壁だ。その二択の先にはマットがあるのか、それとも泥の浴槽か。 「彼女の中学生の頃のあだ名は、ジュリスケである、◯か✖️か」  恋人の樹理(じゅり)の顔が思い浮かぶ。もう付き合って三年になる最愛の恋人だ。つい最近、同棲を始めたばかり。これまで色々な話をしたはずだった。趣味や食べ物の話だけでなく、仕事の愚痴や鬱憤を聞いたことも多々ある。学生時代にハマっていたものや部活のことも話しているはず。  しかし、彼女の中学生の頃のあだ名のことはなにも知らない。そんなことを聞いた覚えすらない。ジュリスケ? そんな変なあだ名付けるか?   直人は必死に頭をフル回転させる。様々な彼女に関する情報が脳内を駆け回っていた。  視界に映るデジタル時計には、制限時間とされている一分という短い時間が表示されていて、それは着実にその時間を減少させていた。だだっ広い荒野に設置された二つの壁。それがなんだか異質なものに感じ、違和感を覚える。テレビの力は凄いな、と改めて思った。  樹理は別の場所で待っているはずだ。近くにいれば表情で意思が伝わるからという理由らしい。  直人は考えた。過去の記憶を掘り起こして掘り起こして。 「さあ、直人さん! 時間はありません。答えを決めて、どちらかに走ってください!」  司会者のアナウンサーが急きたてる。答えなんてわからない。それでも、彼は恐る恐る走り始めた。どっちだ? どっちが正解なんだ? ふらふらと左右に体を揺らしながら走っていく。どっちが正解なんだ? どっちなんだ?  そのとき、ふと彼の脳裏にある言葉が浮かんできた。 『わたし、中学生のときに変なあだ名つけられてさ』  それはまさに、一筋の光明であった。
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