ヒタキリドリが鳴いたら終わり

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「おいツバサ 夏を終わらせに行くぞ」 「……はい?」 青空広がる9月の上旬 僕は鮮やかに巻き込まれた ここは白樺大学の生物サークル 広大な敷地に現れる野生動物の調査をしたり、教授が連れてきた愛犬の散歩を喜んでする動物好きの集まりだ 活動内容も相まって平和で穏やかな雰囲気が魅力の当サークル しかし時たま嵐が吹きすさぶ 「いきなりなんですか 夏を、終わらせる?」 「あぁそうだ いいからさっさと準備しな」 目の前でがなる女性は翔子先輩 いつもは頼れる姉貴肌だが、ムキになりやすくちょっとワガママ 時々こうして周囲を巻き込み嵐を起こす 「いつもながら説明不足が過ぎますよ どういうことですか?」 「だからあのな、その……」 「はぁ また喧嘩したんですね」 「……そうだよ あぁそうだよ!!」 「うるさいですね逆ギレしないでくださいよ で、今回の内容は?」 「空部長とヒタキリドリについて言い争いになった」 苦々しくボソリとそう呟いた そっぽを向いてすっかりぶすっと拗ねた声だ う~む こういう時は大抵ろくでもないぞ 先輩をどうどうとあやしながら事の顛末を聞きだすと実にくだらない話だった 当サークルの代表 斎藤空先輩 みんなからは空部長と呼ばれて慕われるお姉さんだ そんな部長がある日「ヒタキリドリが鳴いてないからまだ夏だねぇ」なんて漏らした ヒタキリドリとは秋に飛んでくる渡り鳥 つまりまだその鳴き声が聞こえないから夏が続いているね、という何気ない雑談だ しかしそれに翔子先輩が咬みついた 「いえいえもう9月に入ったので秋です~! どのニュースも残暑残暑と騒いでいるでしょう つまり夏本番は去ったんです!」 そんな無茶苦茶な論理で果敢に挑み、それは見事に大喧嘩 どうにも引っ込みがつかなくなったらしい 「だから!ヒタキリドリを探し、写真を撮って、空部長をギャフンと言わせたいんだ!」 「なんで僕なんですか そんなん1人で行ってくださいよ」 「バカ 私1人でいけるような場所にはまだ居ないだろ もっと山奥を探すんだよ」 「まさか」 「ツバサって免許持ってたよな? だから連れていってくれ! 頼む!」 「えぇ……」 「費用は全部アタシが持つ レンタカー代もガソリン代も全部だ!」 「はぁぁぁ ……カワイイ先輩にそこまで頼まれちゃ断れないです 仕方ないですね、行きましょうか」 「やった~!! それでこそ頼れる後輩だぜツバサぁ~!!」 こうして僕の人生へ唐突に、夏を終わらせる小旅行が舞い込んだ 翌日 翔子先輩に急かされるまま僕は車を走らせた 大学から3時間程行った山奥だ ここにヒタキリドリがいるかは知らない いや多分いないだろう それでも僕に拒否権なんて無い 大声で歌いながら助手席ではしゃぐ先輩の言いなりだ 「この先にビジターセンターがあるから、そこに車を停めてちょうだい」 「わかりましたよ先輩」 車一台しか通れない狭い道幅の山道をクネクネと登る 正直レンタカーで来ていい道ではないだろう 10分程登ると急に視界が開けた 「ん~! ようやく着いたわね よし、早速探すわよ」 「行ってらっしゃいませ 僕はここまでの運転でヘトヘトです」 「何言ってるの 見つかるのが遅くなったらさっきの山道を真っ暗な状態で下りるのよ」 「キビキビ働かせていただきます」 僕達は双眼鏡とカメラを片手に森の中へ 温度は低いがそのぶん湿度が高く、ムワッとした独特の空気を胸いっぱいに吸い込む 「気持ちいいですね先輩 青々とした緑 緩やかに流れる穏やかな時間 人間が持つ生物としての本能が喜んでいますよ」 「黙りなさいツバサ ヒタキリドリの声に耳を澄ませるのよ」 「どんな鳴き声なんですか?」 「ツー トゥートゥー みたいな感じ」 そんな微かな声を探してあてもなくしばらく歩き回る 途中でフクロウやヤマカガシなどは見つけたが、肝心のヒタキリドリはどこにもいない 「先輩 もう戻りましょう 奥まで歩きすぎました これ以上は陽が暮れてしまいます」 「……や」 「それならいいですよ 先輩を置いて帰りますから」 「イジワル」 出た 翔子先輩の悪癖だ 不貞腐れて駄々をこねて拗ねてしまう 「いいから帰りますよ先輩」 僕は無理矢理に手を繋いで歩き出した 先輩も振りほどこうとせず素直についてくる 当たり前だ いくら整備されているとはいえ暗くなった登山道、しかも初めて来る場所の危険性は僕よりも先輩の方が熟知している だけども自分のワガママでここまで連れ出して、肝心の鳥は見つからず そんな状態で帰ろうと言えないいじらしさ 実に 実に先輩らしい 程なくビジターセンターに戻ってきた いそいそと車に乗り込み山道を下る 既に陽は落ち始め、あたりは赤く染まっていた 「ねぇツバサ 今日はゴメンね」 「どうしたんですか先輩 謝るだなんて珍しい」 翔子先輩はモゴモゴと何かを言い澱む やがて意を決したようにポツリポツリと話し始めた 「……アタシ、空部長が好きだったんだ」 知っていました えぇ、知っていましたとも 「告白したのよ ずっと好きでした 付き合ってくださいって」 窓の外を眺めながら、山へ吐き捨てるように言葉を紡いでいく先輩 きっとこれは僕に対して喋っていない ずっと胸に秘めていた感情が溢れているだけだ だから僕は真っすぐ前を見つめる 先輩の顔を見ようとはしない 先輩の泣きそうな声に心を乱されない つられてドス黒い感情を吐露しそうになる自分を必死に殺して運転に集中する 「でもダメだった 振られちゃった そりゃそうだよね アタシなんて」 違います そんなことはありません なぜなら僕は、翔子先輩が好きですから そんな言葉をどうにか嚙み殺して必死に飲み込む 「ねぇツバサ 私達――」 「翔子先輩!!」 思わず乱暴に急ブレーキを踏む その言葉の先を聞きたくはない 聞いてしまったらこれまでの全てが崩れてしまう 「な、なによツバサ!! 危ないじゃない!!」 「すみません でも」 でも なんだろう いいじゃないか このまま全部ぶちまけてしまおう そんな考えが胸をよぎるなか ツー トゥートゥー 鳥の鳴き声がした 「ほ、ほら先輩 この鳴き声、ヒタキリドリじゃないですか?」 「……ホントだ これ、ヒタキリドリだよ!!」 どこにいるか姿は見えないが、それでも確かに鳴き声が聞こえる 先輩は満面の笑みに包まれた 「よし!これで空部長の鼻を明かせるわ!」 「でも写真撮れなかったですね」 「いいのよもう暗くなってきたし それにアタシ1人だけで聞いた訳じゃないしね」 「えぇ 僕が味方につきますよ」 いまはこれでいい この関係性のままでいい ゆっくりと車のアクセルを踏んで走り出す 燃えるように赤く染まる山肌に鳥の声だけが響いている 僕は夏を終わらせた
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