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私たちに足が片方ずつないのは、父親が切り落としたためだと母から聞いた。自分は夫を愛していたのに、そのせいで警察に捕まって会えなくなってしまったと私たちに文句を言う。
子どもの足とは言え、ばっさりと切断するのは大層大変な作業だったろうと想像する。その時の記憶が飛んでしまっているので、ひどく泣き叫んだのか、それとも眠っている時にやられたのか、私たちは知らない。
私たちに向けられる母の背中はいつも無機物の壁のように冷たく、かたい。
「美羽のほうが可愛い?」
と、ためしに訊いてみたりする。
「佐羽のほうがいい子?」
とも訊いてみたりする。
母はつまらなそうにこちらに目だけやって、「興味ない」と呟く。だから私たちは相手に向かって「美羽は不細工だ」と言ってやり、「佐羽は悪い子だ」と言ってやったりした。
足元の土が崩れた。
「! ……危ない!」
咄嗟に相手の手を掴み、互いの体を抱きしめ合って滑落しかけた恐怖に上がった息を整えた。
いつの間にか山はすっかり夜の闇に飲まれていた。杖は滑った拍子に先の見えない闇の向こうに転がっていってしまった。道行きは一層困難になった。
「たぶん、もうすぐ着くはず」
土で汚れた顔をそれよりも汚れた手で拭うから、私たちの顏はさらに汚れる。
母の示した場所まで、そう遠くはないはずだった。「土を掘るのが思ったより大変だったから、あまり深くは掘っていない」と母は言っていた。山を登るだけで疲れてしまったし、と。
準備にも後始末にも気の回らない母のこと、埋めた跡を落ち葉で隠すなどということもしていないだろう。懐中電灯で照らし続けた木々の中に、明らかに他と色の違う地面を見つけた。
ちょうど人ひとりを埋められるくらいの大きさ。
「見つけた――!」
はしゃいだ声が出た。
「ここにお前が埋まっているんだ」
「いいや、私じゃなくてお前が埋まっている」
私のほうがお前よりは上のはずだ――と罵り合ってシャベルを構える。
私たちはまるで埋蔵金を掘り出すかのように欲にくらんだ目をして土を掘り始めた。
土は柔らかく、掘りやすかった。つい最近誰かがここを掘ったのだとわかる手ごたえに、私たちは口角を上げた。
懐中電灯を地面に置いて、わずかに照らし出された地面をまだかまだかと逸る気持ちで掘り進める。
しばらくそうしてシャベルを振るっていると、白い色が土の黒の中から不意に現れた。ずいぶんと浅いところに埋めたものだと母の杜撰さをここでも知った。
殺しちゃったから埋めよう。それだけの思考しかない。このくらいの深さでまあいいかな、という思慮の浅さ。
「出てきた」
けれど母の適当さなど今はどうでも良い。私たちも別に母を愛してはいないのだから。父が警察に連れていかれても気にもならなかった。母が殺人と死体遺棄の罪で同じように社会から消えても、私たちはまるで構わない。
重要なのは、この死体がどちらなのかということだけ。
より惨めなのは美羽なのか佐羽なのか。この世で一番重要な問題は、そのただひとつだけだ。
「もっと掘って。頭じゃなく、足のほう!」
土の上に立つのは、普段アスファルトの道を歩いている人間にとっては考えるよりもずっと難しい。それを片足と義足だけでこなし、しかもシャベルで穴まで掘るのはひどい重労働だった。
私たちは土に汚れた顔に汗を滴らせながら懸命に土を掘っていった。シャベルの先が勢い余って死体に刺さったり傷つけたりもしたけれど、構う余裕はない。
私たちは求めていた答えを掘り出さないといけない。真実は土中より現れる。がんがんと激しく鐘が鳴るように、何かが私たちを急き立てる。
土に塗れた肉体は華奢だった。死体というものはこんなにもただの「物体」なのかと、生まれて初めて命を失った体を見た私たちは驚いていた。
ざり、ざり……と、腰から下へとシャベルを動かす。
左足がないのか。右足がないのか。
これは美羽か。これは佐羽か。
――そして眼前に現れた力なき肉体。
その下半身。
「どういうこと……」
私たちは死体を見下ろし、呆然と呟いた。
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