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足は両方とも、無残に切り落とされてしまったのだ。自我があるようでないような、そんな幼い頃に。
小さな子どもの細い足は、父の手にした何だかよくわからない刃物のような電動工具のようなもので、古い絵本の挿絵で見た「赤い靴の少女」の足のようにぽぅんと空中に刎ね飛ばされた。
痛みと衝撃は度を越えると感覚が振り切れてしまう。私は呆気に取られて飛ぶ足を見ていた。ほんとうは、忘れてなどいない。
どうしてそんなことをするの? なんて問いはぶつけられない。だって、それをやった犯人はもう牢屋に入ってしまっていたし、大人たちは口をつぐんで教えてくれなかったから。
母は私をあまり車椅子に乗せてはくれなかった。たまに気まぐれで抱え上げて外に出ることもあったけれど、それも頻繁ではなかった。「重くなったからもう持ちたくない」という言葉ひとつで、もう家の外に出ることも出来ないのだなと悟った。
もしかして自分は不幸なのだろうか、という気づきはとっくに得ていたけれど、知らない振りをして嘆きも怒りも無視をした。
父に嫌われ母にも愛してもらえない。そればかりか、理由もわからず足を奪われ外に出る機会さえ取り上げられた。
泣きたくはなかった。怒りたくもなかった。惨めな自分がいっそう惨めになるばかりだから。
テレビの中の「家族」も、本の中の「親子」もだいたいが仲が良くて互いを想い合っている。それがこの世で一番正しいことで幸せなことだと、誰もが示しているようだった。
――どうして。
不意に心を刺した黒い切っ先。浮かんだ疑問は、無視して殺し続けた心を焦がすほど強く焼いた。
――どうして私はこんなに惨めなの!
誰よりも下にいるという事実が耐えられなかった。
広い世界を見渡してみれば他にも不幸な子どもたちはいたかもしれない。だけど私から見える私の世界の中では、私がもっとも哀れで不幸な子どもだった。
私よりも「下」がいればいい――そんな思考が生まれたのはいつだったのだろう。
気づけば私は「私たち」という双子になっていた。
(私も辛いけれど、佐羽よりはまし)
(お母さんに振り向いてもらえなかったけど、美羽みたいに冷たくあしらわれなかった)
(きっとお父さんも佐羽の方が嫌いだった。足の傷口が私のより汚い)
(美羽はほんとうに馬鹿でのろま)
あいつのほうが愚かだ。あいつのほうが滑稽だ。あいつのほうが醜い。あいつのほうが頭が悪い。あいつのほうが心根が腐っている。悪い子だ。
だからあいつは嫌われている。だから不幸。だから誰にも見てもらえない。
――私のほうがずっとましだ!!
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