第6章 4 ~絶望~

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第6章 4 ~絶望~

 真代は手鏡を鏡子に向けた。 「お母さん、光子お婆ちゃん。お願い、力を貸して」  すると鏡面から青白い光が放たれ鏡子を照らした。 「さあ、諦めて浄化されなさい」  しかし鏡子は手を翳し、一歩後退りしただけで踏み止まると不敵に笑った。 「ふん、小娘が。そんな程度で私を倒そうなど、思い上がるのも大概にしろっ!」  鏡子が右手を振り挙げた。するとそれが合図であったかのように、周辺から異様な気配が漂い始めた。  砂浜の下に何かいると感じた真代は足元を見た。気配は周囲のいたるところにある。そして砂があちこちで盛り上がるとその正体を現した。 「なっ……」  砂の中から出てきたのは、真代と同年代くらいの少女たちだった。全員が抉り取られた両目の穴から黒い液体を垂れ流し、血の気の失せた蝋人形のような顔をしている。その数は数十体あった。  真代が唖然としている間に、少女たちは這い上がってきた。右脇腹が大きく裂け、そこからも黒い液体を止めどなく流している。よく見ると制服を着ている子が多いが、そのデザインは古いものから新しいものと様々だ。 「まさか……」 「そうだ。私がこれまで喰らってきた娘たちさ。輪廻の時を迎えていない魂はいつでも呼び出せるだと? 知った口を。こんなやり方、お前でも知らなかっただろ?」 「そんな……」  腐敗臭が漂ってきた。真代は足がすくんで動けなくなる。 「……惨殺するだけじゃなく、死んでからもその魂を苦しめ続けるだなんて。この子たちの魂は浄化されることもなく、死ぬほどの激痛を引きずったまま、何年、何十年と……それがどういうことか分かってるのっ!」  鏡子は口角を上げた。 「それがどうした? そんなことよりまだあるぞ。ほら、こんなのはどうだ?」  鏡子の後ろから一人の少女が現れた。  その姿を見た途端、真代は心臓を抉られるような衝撃に襲われた。 「結っ!」  そこには他の犠牲者と同様に両眼をくり抜かれ、脇腹も大きく切り裂かれ、そこから黒い液体を止めどなく流している与那嶺結が立っていた。  他の少女たちがその場でフラフラと揺れ留まっているのに対して、結の亡骸は砂に足を取られながらもゆっくりと近付いてくる。  呼吸が苦しくなり胸を押さえると、その手にはっきりと大きく波打つ鼓動が伝わった。それでも鏡子を睨んで、言葉を絞り出した。 「なんてことを……」  鏡子は勝ち誇ったように言い放った。 「どうだ? これが力の差ってやつだ。分かったか? おい、お前ら。そいつ等を取り押さえな」  するとそれまでその場にふらついていただけの少女たちが、一斉に真代たちに襲いかかってきた。真代は光子や梢の魂と分断されたが、何とか捕まらないように身をかわす。しかし急に足元がふらつき、その場に立ち止まってしまった。 「そうそう、言い忘れていた。さっき私に噛まれただろ? それは毒蜘蛛の神経毒だ。といっても、それで死ぬことは無いから安心しな。手足が動かなくなるだけで、痛覚や意識はちゃんとあるから」  視界がぼやけ立っているのが精一杯になり、あっという間に包囲されてしまった。 「……あなたを……絶対に許さない」 「だから何を許さないんだ? 身の程を知れっ!」  足首を何かが掴んだ。それは、砂の中から出ていた少女の手だった。  そして、次々と集まってきた少女たちによって押し倒され、さらに砂の中から出てきた幾つもの手によって、完全に身動きが取れなくなってしまった。  光子と梢の魂も行く手を遮られ、真代の元へは近付けない。 「散々手を焼かせやがって。だがこれでもうゲームオーバーだ」  鏡子は押さえつけられた真代の上に馬乗りになると、自らの口で真代の口を塞いだ。  真代は歯を食いしばり、口を強く閉じて抵抗した。  しかし、鏡子の口の中にいた大蜘蛛が唇に触れた途端、真代は全身の毛が逆立つ感覚と吐き気に襲われた。必死に頭を振ろうとするが、やはり鏡子の力は凄まじく微塵も動かすことが出来ない。  そして大蜘蛛が真代の唇を強引に開き、さらに歯の隙間に手先を引っ掛けると、信じられない程の力で口をこじ開け始めた。 「んぅ、んぐ、いやあ」  真代は吐き気を堪えるのと同時に、意識が飛びそうになるのを必死につなぎ留めた。今ここで気を失ったら、あっという間に大蜘蛛が体内に入り込んでしまう。  するとそのとき、手鏡の水晶が強烈な青白い光を放った。  鏡子たちが突き飛ばされたように離れると、大蜘蛛も素早く鏡子の口の中へと戻った。  そしてむせ返りながら慌てて呼吸を整える真代の手を、誰かが握り引き起した。それはモンペ姿の少女、サチエだった。 「さ、サチエちゃん?」 「こっち」  少女たちが怯んでいる隙に手を引かれてその場から抜け出すことができたが、サチエが遺魂の海にまで現れたことに真代は驚きを隠せずにいた。 「どうしてここに?」  鏡子の犠牲者なら両目を失い脇腹も大きく切り裂かれているはず。しかしサチエは無傷だった。それに動きが他の子と違って、しっかりとした足取りで真代の手を引っ張っている。 「サチエちゃん、あなたは一体?」  振り向いたサチエは、悲しそうな目で涙を浮かべた。 「私が時間を作るから、あなたは元の世界に戻って」  だが、その手は震えている。 「どういうこと? ねえ、サチ……あっ」  神経毒のせいで足がもつれた真代は、その場に膝をついてしまった。 「大丈夫?」  サチエが手を引っ張り起こそうとしたそのとき、 「なに勝手な真似をしている?」  いつの間にか鏡子が傍に立っていた。その数十もの瞳が睨んでいるのは真代ではなく、完全に怯えきったサチエだった。
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