第4章 1 ~呪殺者~

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第4章 1 ~呪殺者~

「えっと、あなたたちが真代ちゃんのお友達?」  弓削の顔を見た真代は言葉を失った。一昨日とはまるで別人のような疲労困憊の表情をしていたからだ。そのせいで返事をするまでに余白が生じてしまった。 「あっ、はい。すみません。こんな大人数で押しかけてしまって……」  窺うような仕草に弓削も察したのか、努めて笑顔を取り繕った。それが余計に不安をかき立てる。 「全然平気よ。普段から学生が押し掛けることだってあるんだから。さぁ。遠慮しないで入って、入って」  ソファーをすすめられ座ると、 「それに呼び出したのはこっちだし」  コーヒーが人数分テーブルに並べたれた。 「まさかあんなことになるなんて」  弓削の口からひとり言のようなか細い声が漏れた。 「瀬戸さんのこと、ご存知だったのですね」  東京で何かを調べていた辰巳に弓削は協力していた。同じように辰巳は瀬戸とも連絡を取っていたのだから、弓削と瀬戸に接点があってもおかしくない。それに事の重大さは理解している。だから今日呼び出されたとき、瀬戸の記憶を見たことを話そうと決めていた。 「実は――」  しかし、真代の言葉に被せるように弓削が口を開いた。 「教授のメール。見たのね?」  真代はドキッとして小さく頷く。 「やっぱり……」  弓削は椅子を引き寄せて真代たちの近くに腰掛けた。 「本当はね、あなたにだけは関わって欲しくなかったの。娘だけは絶対に巻き込みたくないって、教授が言ってたから」 「父が?」 「ええ。もちろん梢さんもよ。でも知ってしまったのなら仕方ないわね。私の知る限りの事は教えるけれど……君たちはどうする? 瀬戸さん……の件はもう知っているわよね? でも瀬戸さんばかりじゃないの。すでにこの件では何人もの人が亡くなっているの。だから興味本意だったら席を外してもらいたいな」  すると大樹が弓削を見据えてハッキリと言った。 「瀬戸さんはただの転落事故に遭った、という訳ではないんですね? 正直なところ、何が起きているのかよく分かりません。ですが僕たちは遊びで来た訳じゃないんです。真代の事が心配でここまで来たんです。だから一緒に話を聞かせて下さい」  結と圭も大きく頷く。しかし真代は違和感を覚えた。そんな真代をよそに弓削は諦め顔になって答えた。 「話すかどうか、今の今まで迷っていたけれど。分かったわ。話はするけれど、それを聞いたら帰ってくれると助かるな」  すると今度は真代が弓削の目をまっすぐ見据えた。 「ちょっと待ってください。わたしの父とは母は亡くなったんですよ? 話を聞いて、はいさようなら、という訳にはいきません」  視線を逸らさない真代。その後ろで三人も頷く。弓削は嘆息した。 「教授や梢さんの言ってたとおりね。一度言い出したらなかなか引かない」  真代以外の三人が大きく頷く。 「仕方ないわね。これ以上勝手に動き回られたら、それこそ危険だわ。分かったわ。ちゃんと話します。真代ちゃんのお父さんやお母さん、そして瀬戸さんや私が一体何を調べていたのか」  緊張の面持ちとなった四人に対して、弓削は咳払いひとつした。 「それは有珠来家のことよ」  有珠来家……。有珠来鏡子に気を付けて。その言葉の重さが真代に圧し掛かった。  弓削は静かに語り始めた。 「この前、有珠来家は人胆丸で財を築いた一族だという話はしたでしょ? これは間違っていないのだけれど正確でもないの」  そう言ってコーヒーを一口啜る。 「順を追って説明するわね。話は江戸時代の初期頃にまで遡るわ。その当時のこの国にはある呪術者の集団があったの。彼らは陰陽師と呼ばれていたわ。聞いたことあるでしょ?」  四人とも静かに頷く。 「当時はその陰陽道だけが幕府公認の呪術者集団だったのだけれど、その事を快く思わない人たちもそれなりにいたの。そしてその中には、日本各地に点在していた呪術をかき集めながら渡り歩いていた一族があった。目的までは分からないけれど、彼らは行った先々の地で強引なやり方で、ときにはその集落の人たち全員を殺害してまで、呪術を奪っていったの。それが有珠来一族の本当の姿よ」  真代の表情が強張った。 「そして江戸にやって来た有珠来一族は、今度は人丹丸を作って財産を築いた。その目的は分からないけれど、でも重要なことはそこじゃないの。もともと有珠来家はね、古来より伝わる禁忌呪術の一つ〝蠱毒を使う呪殺者〟だったの」 「蠱毒を使う呪殺者?」 「そう。蠱毒は知ってる?」 「聞いたことはあります」  大樹が言うとみんなも曖昧に頷くが、真代は昨日見た瀬戸の記憶を思い出した。 「蠱毒って言うのはね、何匹もの様々な毒を持った蟲、つまり蜘蛛やムカデといった蟲たちを一つの壷の中に入れ、互いに殺し合いをさせるの」  真代は全身の毛穴が開き、冷や汗と寒気に襲われた。 「そして最後まで勝ち残った蟲を呪術に使って相手を呪い殺すらしいの。詳しい方法までは分からないけれど、それが蠱毒を使う呪殺者よ」  弓削の話に四人は沈黙せざるを得なかった。いや、真代だけはただの沈黙ではなく、青ざめた表情になっていった。 「……弓削さん。私、その呪殺の方法、聞いちゃったかもです」 「え?」  弓削ばかりか、みんなも驚いた。  真代は、結たちに昨日は話せなかった事を謝ってから、瀬戸の記憶で見た二人組が交わしていた会話を説明した。  すると弓削の表情が瞬く間に凍り付いていった。 「……なんてこと」  みんなも強張っている。 「私が母や瀬戸さんの記憶で見たあの女が蠱毒を使う呪殺者、有珠来鏡子ですね?」  しかしその問いに弓削は答えず、何か考え込んでいるようだった。 「弓削さん?」 「え? ああ、うん。そうね。間違いないわ。ごめんなさい。まさか本当に現代にもその力が受け継がれていただなんて……。でも顔は見てないのよね?」 「二人ともフードを深く被っていましたから。大男の方も有珠来家の末裔でしょうか?」 「それは分からないわ。前にも言ったけれど有珠来家の家系はすでに途絶えちゃっているから。まあ、生き残りがいても不思議ではないわね」  弓削は再び何かを熟考し始めると、四人は困惑の表情で互いを見た。  真代は心に浮かんだことを、そのまま口にした。 「……父や母も、瀬戸さんのように呪殺されたのですね?」  すると弓削は真代を正面から見据えて、大きく頷いた。 「おそらく、そうだと思う。六葉グループの岡部CEOもね」  弓削はまたコーヒーを一口啜った。 「岡部CEOの死に疑問を持った瀬戸さんは、方々に手を尽くして様々な可能性を探っていていたの。そして同じように不審に思った教授もね。私も手伝わせてもらっていたわ。でも、どこをどう調べても、殺害方法の片鱗さえ掴めなかったのよ。今日、真代ちゃんの話を聞くまではね」  再び沈黙が支配した。その沈黙を破ったのは大樹だった。 「有珠来鏡子の目的は一体なんですか?」  弓削は躊躇する表情で答えた。 「まだ断言はできないけれど……教授は復讐だと言っていたわ」  復讐……。間違いない。有珠来鏡子は神忽那家を恨んでいる。それは神忽那家の過ちが原因だ。考え込んでしまった真代の隣で大樹が言った。 「それは誰に対しての復讐ですか?」 「そこまでは聞かされていないわ」 「そうですか。では、岡部氏の変死にどうして真代の両親が疑問を持ったのですか? 岡部氏の変死については謎が多く何一つ結論が出ていませんが、接点が分かりません。そもそも知り合いだったのですか?」  これは弓削と真代の両方に対する問だったが、やはり今日の大樹は何かが違う。そう思いながら真代は弓削に続いて、分からないという態度を示した。 「まだ推測の域を出ていないから、分からないことばかりなの。ごめんなさいね」  再び訪れた沈黙を破ったのは、また大樹だった。 「その有珠来家は現代までどうやって生きてきたのですか? 流石に何十年も世間から隠し通せることではないように思います」 「ぱったりと途絶えているのは本当よ。私にもそれ以上は分からなかったわ」  結局のところ行き詰まりだった。そんな空気が漂い始めたとき、真代は話題を変えようとした。 「ところで弓削さんは、どうして父の調査に協力していたのですか? ただの同郷とか母と同じユタだとか、それ以上の理由が何かあるんじゃないですか?」  その言葉に弓削は少し微笑むように言った。 「私が幼い頃、両親を亡してから東京の叔父夫婦に引き取られたって言ったでしょ。でも今から四年前、その叔父夫婦も相次いで亡くなってね。それで遺品の整理をしていたら、ずっと昔に私の両親が叔父夫婦に宛てた手紙や資料を見付けたの。それに弓削家のことが書かれていたわ。それを手掛かりに私は沖縄に一度戻り、梢さんから弓削家のことを色々と教えてもらったの。強いて言えばそれがきっかけね」  真代は小さく頷いた。すると弓削がみんなに向かって真剣な面持ちになって言った。 「ねえ真代ちゃん。それからみんなも。やっぱりこの件に関しては手を引いてくれないかな? 後のことは私に任せて欲しいの。特に真代ちゃんはこれ以上関わるべきじゃないわ」 「どうしてですか?」 「分かるでしょ? 有珠来家の血を引く人物が実在していたとなると、真代ちゃんの力が狙われてもおかしくないの。私自身も最近、自分の未来が見えなくなっちゃたし。もしかしたら既に何らかの呪術をかけられているのかも知れないけれど」 「え? 本当ですか?」  驚くみんなの前で弓削は、 「断言はできないけど。でも、真代ちゃんのご両親や瀬戸さんの件もあるから。迂闊に首を突っ込むだけでも危険なのは充分に分かったはずよ」 「でもそれじゃあ、弓削さん一人が危険じゃないですか?」  真代が心配すると弓削は「そうね」と言ってから、 「でもね、考えようによっては都合がいいのよ」 「都合がいい?」 「そうよ。狙われていることが前提なら、常に周りに注意を向けていればいいからね。そして僅かな違和感を感じ取ることができれば対処は可能よ。まあ私は大丈夫だから、あなたたちまで危険な事に足を踏み入れなくてもいいのよ」  四人は俯くしかなかった。  その後の話し合いで、有珠来家に関しては弓削が慎重に調査を行い何か分ったら知らせてもらう、という形で話は纏まった。  真代も何か手伝いたいと訴えたが、呪殺者と接点を持てば命に関わるからと、念を押すように約束させられた。  帰りの電車内で四人の口は重かった。  両親のことすら何も分かっていなかった。そんな苛立ちの感情を真代は押さえ込むと、溜め息をついた。
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