第4章 2 ~本音の友情~

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第4章 2 ~本音の友情~

 旅館に戻った四人は真代の部屋に集まっていた。真代と結はベッドに腰掛け、大樹と圭はサイドテーブルを挟んで椅子に座っている。  そして沈黙の中、真代が口を開いた。 「ごめんね。大変なことに巻き込んじゃって。訳が分かんないでしょ? やっぱりみんなは、このまま沖縄に帰って」  その言葉に三人は顔を上げ、結が問いかけた。 「一人で調べる気?」  真代は小さく頷き、床に視線を落とすと、 「実はもう一つ、みんなに黙っていた事があるの」  と言ってから、梢の手紙に書かれていた神忽那家の過ちについて語り始めた。 「――ということらしいの。それがどんな過ちなのか分からないけれど、お婆ちゃんもお父さんもお母さんもそれが原因で命を落としたの。もしかしたら瀬戸さんや岡部さんはただ巻き込まれただけなのかもしれない。だからみんなをこれ以上危険な目には遭わせたくないの。だから――」  パシッ。  乾いた音が部屋に響いた。何が起きたのか分からない真代は痛む頬を押さえた。隣には今にも泣きそうな顔で怒っている結がいる。 「何言ってるさぁっ! どうしてそんなこと言うのよ。確かに、呪殺とか言われても正直訳が分からないさぁ。でも真代の家族が命を落としたのなら尚更、一人残して帰るだなんて、できるわけないじゃんっ!」  耐え切れずに結が泣き出した。その後は圭が引き取った。 「結の言う通りだぜ。心配してくれるのは有難いが、どうしても帰れって言うなら何がなんでも真代も連れて帰るぜ。そう約束したからな、吉美さんと」 「吉美さんと?」  すると大樹がメガネをかけ直し改まった口調で答えた。 「よく聞いてくれ。俺たちはただ真代を追って上京してきたんじゃない。お母さんの葬儀の後、俺たち三人は吉美さんに呼び出された。神忽那家の過ちとかは初耳だけれど、真代の身に何か危険が迫っているかもしれないって事は聞かされていたんだ。そんな矢先に突然の上京だろ。でも吉美さんは、真代のやりたいようにやらせてあげたいとも言ってた。だから俺たちにはその手助けをしてやって欲しいって。勿論、頼まれなくても上京するつもりだったけれどね。そういう訳だから、真代を一人残して帰るなんて選択肢はないんだよ」  今日みんなと弓削から話を聞いていたとき、真代が抱いた違和感の正体が分かった。危険があることを既に承知していたのだ。目から涙が溢れる。 「それに忘れたのか? 俺たちはいつでも一緒だろ?」  大樹の言葉に圭と結も頷いた。 「辛い事や苦しい事もみんなで一緒に分け合うさぁ。そうすればきっと見つかるさぁ。真代も、みんなも、無事でいられる方法が」 「そうだぜ。みんなでやれば、なんとかなるもんだぜ。な? 大樹」 「ああ、その通りだ」 「……みんな」  大粒の涙を流す真代の肩に大樹が手を置いた。 「大丈夫、みんな無事に帰れるさ。そのためにも、分かっていることを一度整理してみようか。有珠来鏡子という人物について、そして神忽那家の過ちについて、それを知るのが何よりも大切だから」 「そうだぜ」 「みんなで一緒に帰るさぁ」 「うん、ありがとう」 「でも、どうするさぁ?」 「そこなんだよ」大樹は眉間に皺を寄せて考え込むようにして言った。 「これは僕の勝手な想像で不謹慎な言い方になるけれど、どうして弓削さんがまだ呪殺されてないのかを考えたんだ。そしたら二つの可能性を思い付いた。一つは弓削さんがまだ核心に辿り着いていない、ということだ。岡部氏の不審死を真代のご両親や瀬戸さんたちと一緒に調べていたのなら、みんな一緒に呪殺されていてもおかしくないだろ? それなのに呪殺された時期や場所、状況にも違いがある。これは一体どうしてだろう?」  そう言うと大樹は、鞄からノートと鉛筆を取り出すと、見開き頁の左側に縦書きで書き始めた。 「岡部氏が亡くなったのは六月二十七日、六葉グループ本社ビルの会議室。午前中というだけで時間は公表されていない。でも会議には複数人が出席していて、それだけの人前で吐血するという死に方をしている」 「そうそう。俺の親父が言ってたぜ。あれは毒殺だろうって」 「私のお父さんは病気だったんじゃないかって言ってるさぁ」 「確かに。一応は病死ってことになっているけれど、今でも様々な憶測が飛び交っていて、結局のところは何一つ分かっていないのよね」  頷いた大樹が続けた。 「それから真代のお父さん。七月十八日の昼ごろに大学の講義中に倒れた。こっちも大勢の学生に目撃されているが、死因は心不全だったよね?」 「検死の結果も不審な点が見つからなくて、結局は心不全とされたわ。母も同じよ」 「真代のお母さんは、七月二十一日の夜。那覇市内の港近くのコンテナ置き場だったね。誰かに会いに行くと言って出かけて帰ってこなかった。発見されたのは翌朝で、こっちは目撃者がいない。でも真代がお母さんの記憶から不審な二人組を目撃。どうやらこの二人が犯人っぽい。でいいね?」 「うん」 「そして瀬戸さんは昨日の午前九時頃。渋谷にある自宅マンションのベランダから転落死。こっちも目撃者はなく、警察では事故死ということで進めているようだけれど、これも真代が瀬戸氏の記憶から同じ二人組を目撃した」 「それは間違いないと断言できる」  真代の言葉に大樹は大きく頷いてから続けた。 「今のところ亡くなった場所は東京と沖縄で日時も状況もバラバラだ。唯一の共通点は、三人とも岡部氏の不審死を調べていた、ということぐらいだね。だとすれば当然、その知り得た情報を共有していたはずなんだ。それなのにどうしてこんなにバラツキがあるのか? そう考えたとき、おそらく共有していなかった些細な情報が、犯人を特定できるカギだったんじゃないかって思うようになったんだ」  三人はポカンと口を開けて大樹を見た。 「ん? どこか変か?」 「いやー、やっぱ大樹はすげーな。そんな事まで考えられなかったぜ」 「弓削さんの話からじゃ、そこまでたどり着かないさぁ」 「本当に凄い。それでその些細な情報って?」 「ん? ああ、それはまだ分からない。だから真代の家に代々伝わる死者の遺魂を紡ぐ者とか、真代が見た死者の記憶について、もう一度詳しく話してくれないか? 弓削さんのところで聞いていたけど、よく分からなかったから」 「うん。分かった。ええとね――」  真代はもう一度、遺魂の海のことや実際に見てきた死者の記憶について、さらに梢の手紙に書かれていた内容を順を追って説明した。  その間、結と圭は黙って頷き、大樹は時々質問を返してノートに追記していった。 「――という感じよ」  一度聞いただけでは理解できなかった話も、二度聞くと見えてくるものがあったようだ。 「そうか。うん。怖いね。毒を成分レベルで調整して、相手の死に方までコントロールできるなんて。チートにも程があるな」 「ああ、無敵だぜ。亡くなった状況が違うのは毒の違いってことか?」 「たぶんそうだろう」 「一歩真実に近付いたさぁ。で、次はどうするさぁ?」 「まだ分からない。さっきは真相に辿り着いた順に殺しているなんて言ったけれど、他にも何か弱点とか制限があるのかも。もしかしたら発覚していないだけで、他にも犠牲者がいたりして……だとすると厄介だな。既に事故死や自然死として処理されていたら、どう区別したらいいんだ……」  自問自答して考え込んでしまった大樹に真代が言った。 「ここは大樹が言ったとおり、三人は犯人特定に繋がるような核心に触れたと仮定して、岡部さんの件から順に調べた方がいいんじゃないかな?」 「そうだな。確かに同じように調べていければ、その核心とやらにたどり着ける可能性が高いぜ。でも……」  その先は結が引き取った。 「そうなると、私たちも呪殺されちゃう可能性があるさぁ。だから気付かれる前に相手を特定して、さっさと警察に突き出すさぁ」 「私が魂と会話ができれば良かったんだけれど……」  真代が俯くと、結いが肩に手を置いた。 「それにはかなりの修業が必要なんでしょ? 真代のお母さんだってまだ小さかった頃に迷子になってるさぁ」  すると圭が両手を頭の後ろに組んで伸びをしながら言った。 「でも瀬戸さんの時は迷子にならなかったんだろ? やっぱ才能あんだぜ」 「私に? ないわよそんなの」  真代は否定したが、大樹は顔をハッとあげた。 「圭っ! お前、良いことに気付いたな。そうだ、それだよ。何で真代は迷子にならなかったんだ?」 「え? どういうこと?」  大樹は興奮を抑えるように、ゆっくりとした口調で語った。 「つまりだ。何の修業もしていないのに、どうして迷子にならなかったんだ? 修行って言うのがどんなものか知らないけれど、一度でも遺魂の海に行ったらそれで終わりです、何てことはないだろ?」 「そう言われれば……。お母さんのときは、海に落ちて海底から現れた琉球人形に引きずり込まれたけれど、瀬戸さんのときはなかったわ。でもそこから先は同じよ。会話はできなかったし、白い靄状の魂に触れて急に記憶の世界へ飛ばされたの」 「何かが琉球人形の代わりをしていたんだ。それに導かれたんだよ」  大樹の言葉に真代はハッと顔を上げた。 「手鏡っ! そうよ、これよ。お母さんの手紙には、紡ぐ者の証で御守りだって書いてあったし」  そう言って胸元から手鏡を取り出して見せた。 「それだ! 真代のお母さんは、真代に危険が迫るかもしれないという認識があった……ん? ちょっと待て。だったらどうしてその手鏡を置いて外に出たんだ? 少なくとも御守りって言うからには何らかの力があるはずだ。持ち歩くのが普通じゃないか?」  再び自問自答する大樹に真代も小さく頷いた。 「確かに変だわ。手鏡は箪笥に手紙と一緒に入っていたもの。手紙の内容からお母さん自身に危険が迫っていることは承知していたはず。それでも持たずに誰かに会いに行くだなんて」 「おそらくその相手には必要が無いと考えたんだ。でも真代が見た記憶では、明らかに怪しい二人組だった。つまり、真代のお母さんが会おうとしていた人物は、その二人組じゃなかったんじゃないかな」 「いや、グルってことも考えられるぜ」 「そうそう。安全だと思っていた相手が、実は自分に危害を加えようとしていた人物だった、とも考えられるさぁ」 「たしかに」  真代と大樹は同時に頷いた。  四人で考えれば意外と早く核心に迫れるのかもしれない。真代はそう思った。みんなで協力しながら少しずつ足りないピースを埋めていく。そんな感覚に包まれながら、真代はあることを思い出した。 「そう言えば大樹。さっき、弓削さんが呪殺されないのには二つの可能性があるって言ってたけれど、あともう一つは?」 「ん? ああ、それか。それはあくまでも可能性の話だけれど……弓削さん自身が蠱毒を使う呪殺者だった場合だよ」
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