第4章 3 ~慟哭~

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第4章 3 ~慟哭~

 翌朝。少し寝坊した真代は、眠い目を擦りながら一階の食堂に姿を現した。すでに朝食の準備を済ませた藤田と、テーブルに食器を並べている大樹がいる。 「あら、おはよう」  藤田がキッチンから顔を覗かせると、大樹も真代を見た。 「おっ、珍しく寝坊か? おはよう」 「ごめん、おはよう……。あれ? 結と圭は?」 「二人もまだだ。圭はともかく、結まで寝坊とは珍しいな」  無理もないと真代は思った。あまりにも現実離れした出来事が実際に起きているのだ。特に結は自分のことよりも、人の事に気を使いすぎてしまうところがある。 「うん。圭はともかく結は珍しいね。よほど疲れていたのね」  そのとき、真代の背後から声がした。 「ちょっと待て、二人とも」  声の主は圭だった。 「あっ」真代は振り向き様に、大樹はテーブルから顔を上げ、同時に口を開いていた。 「俺は寝坊の常習犯かよ」 「うん」二人とも息がぴったりだ。 「ったく」やれやれという表情で圭がテーブル席に座る。 「結のこと起こしてくるね。圭、珍しく最後じゃないんだから準備手伝ってよね」 「珍しくは余計だぜ」  そう言って圭が立ち上がる。そんな様子を藤田は、クスクスと笑いながら見ていた。  だが数分後。戻って来たのは真代だけだった。 「よし、腹減ったぜ。飯にしよう……って、あれ? 結は?」 「やっぱりまだ来てないよね?」  食堂を見回しながら真代が聞くと、 「は?」圭と大樹は同時に返した。藤田も首を傾げている。 「部屋にいないのよ。鍵が掛かってなかったから中を見たんだけれど……」 「いない? トイレじゃないのか?」 「見たわよ。でもいないの」 「じゃあ、コンビニにでも行ったのか?」 「こんな時間から? 一人で黙って? たしかに部屋には財布が無かったわ。でもスマホや外出着はそのままだったし……」 「じゃあ何処へ行ったんだ?」三人は顔を見合わせた。  藤田も加わり、四人で手分けをして旅館内を探すことにした。しかし、あっという間に探し終わると再び食堂に集まった。みんなの顔にも心配の影が降りている。  そのとき旅館の電話が鳴り藤田が出た。一方で真代たちは外も見て回ろうかと相談し始めていた、そのとき。 「ええっ、な、何ですってっ!」  突然、受話器に向かって大声を上げた藤田を三人は見た。その顔から血の気が引いていくのが分かる。 「どうかしたんですか?」  藤田は何も答えず、やがて涙を流して首を横に振った。 「お婆ちゃん、どうかしたんですか? ねえ?」  真代が肩を掴み揺すると、手から受話器がこぼれ落ちた。それを落下寸前のところで圭がキャッチ。しかし電話口に出ていいのか分からずに戸惑った表情で藤田を見る。 「……結ちゃん……いたって」 「え? 結が? どこに?」  真代は圭から受話器を奪い取った。 「もしもし、結?」だが、すぐに声の調子を変えた。 「え? あ、佐伯さん?」  そして受話器に耳を当てたままだった真代が、突然大きな声で怒鳴った。 「な、何言ってるんですかっ! ふ、ふざけないでくださいっ!」 「一体どうしたんだ? 結が何かしたのか?」  大樹が聞いても真代は何も答えず、その顔色は蒼白になっている。 「何があったんだ? 黙っていたら分からないぜ」  圭が真代の肩をつかんだ。すると怯えたような声で、 「け、警察の、佐伯さん……から……。よ、代々木公園で、結が……」  真代は受話器を落とし、両手で顔を覆うと泣き出してしまった。  早朝。代々木公園の噴水池近くのベンチで、若い女性の遺体が発見された。  刳り抜かれた両目の窪みは空を仰ぎ、大きく切り裂かれた右脇腹からは臓器の一部が血塊とともにベンチの下に垂れていた。傍らにあった財布の中に与那嶺結の学生証が入っていたので、警察が連絡をしたのだった。  検死の結果、死因は戸田里美や山岸美香と同様に、両眼球と肝臓が抜き取られたことによる出血性ショック死で、さらに両手両足首には剥離骨折が確認された。死亡推定時刻は深夜から早朝だが、多量に出血しているにも拘わらずベンチやその周辺には血の跡が殆どないことから、別の場所で殺害され運び込まれたものと考えられた。  同一犯による犯行と断定されたが、今回はなぜか相違点があった。それは死亡推定時間と遺体発見までの間隔だった。これまで犯人は、殺害後一日以上経過してから遺体を遺棄していたのに対して、今回は殺害後すぐに遺棄したものと判明した。  藤田旅館に駆けつけた佐伯から説明を聞き終えた三人は、言い様のない悲しみと重苦しい空気に支配された。 「嘘よ、結。どうして……どうして……」  真代の泣き腫らした目からまた涙が流れ落ちた。 「念のため部屋にあった毛髪をDNA鑑定してもらうから。……それと、こんな時に申し訳ないが、捜査に協力してもらえるかな?」  沈黙の表情でみんな俯いた。 「じゃあ、昨夜のことだけど。結ちゃんは君たちと一緒にいて、夜の十二時前には各自の部屋に戻ったんだよね? それ以降彼女の姿を誰も見ていない……で間違いないね? 不審な物音や気になることもなかったんだね?」  大樹も真代も、そして圭も、黙って項垂れた。 「殺害されたのはその直後から早朝だ。でもどうやってこの旅館を出たんだ? それとも誰かに連れ出されたのか? 近所の聞き込みで目撃者がいればいいが……」  佐伯のその言葉に真代は、いや、真代だけじゃなく大樹も圭も、ハッと顔を上げた。 「ん? 何か思い出したのか?」  佐伯はメモを取る姿勢になる。しかし三人は何も答えない。 「君たち?」  真代は目を瞑り何か決心しようとしているようだ。そんな真代に両隣から大樹と圭が見守っている。 「なぁ、真代。やってくれないか。結の仇を取りたいんだ」  大樹の言葉に真代が大きく頷くと、二人も頷き返した。そして真代は佐伯に向かって言った。 「今すぐ結に会わせて下さい。お願いします」 「なっ……」  困惑した表情を返した佐伯だったが、すぐに真顔になった。 「彼女の記憶を見るつもりだね?」  え? みんなが驚きの表情を返すと、佐伯は躊躇ったような口調で言った。 「ごめん。実は弓削さんから話を聞いていたんだ」 「弓削さんから?」 「そうなんだ。詳しい話は後でする。でも本当に大丈夫?」  弱々しくも頷いた真代の肩を、藤田が優しく抱きしめてくれた。
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