第1章 2 ~生贄の少女~

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第1章 2 ~生贄の少女~

 里美が目を覚ましたのは、頭の中に蜘蛛の巣が張られたような感覚の中でだった。  焦点が合わず、体も麻痺しているのか手足の感覚すらない。だが、薄暗い場所で仰向けに寝かされている、ということだけは理解できた。 「た……れ……は……」 舌も麻痺している。  それでも少しずつ感覚が戻ると、焦点を結び始めた視界が天井のある物を捉え、言葉を失った。  それは大きな鏡だった。そこに、テーブルの上で両手を頭の上で固定され両足も拘束された自身の姿が映されていたのだ。  さらに右胸部から脇腹にかけて制服が下着ごと切り裂かれ、乳房が露わになっている。  変質者に捕まってしまった?  そんな恐怖に慄きながらも周りを見回す。  傍らにはサイドテーブルがあり、その上には医療用と思われるメスが置いてある。部屋は蒸し暑く、肉の饐えた臭いが鼻をつき、蝿が飛び回るような羽音も聞こえてきた。  部屋の広さは十畳ほどで窓は一つもなく、照明といえば天井の隅にある今にも消えそうな電球がひとつだけだった。壁はレンガ造りのようだが至る所に苔とも黴とも思える緑色が散らばっている。  左の壁際には、足で蓋を開け閉めするタイプの大きなゴミ箱が五つ並んでいた。いずれも赤黒い染みが付着しており、数匹の蝿がその周辺を飛び回っている。そこが悪臭の発生源だ。  反対側には大小様々な形状の鋸や斧が壁に掛けられていて、どれも不気味なほど磨かれており、手入れが行き届いていることは素人目にも明らかだった。  頭上の方に視線を向けると、唯一の出入り口と思われる錆だらけの扉がある。  里美は必死で記憶を辿った。弥生と別れて電車を乗り換え、いつもの駅で降りて家に向かった。その途中で首筋に痛みを感じ……そこから先の記憶がない。 「気分はどうだい?」 「ひぃっ!」  突然、耳元で囁かれた。  いつの間にか、フード付きの黒いローブを着た女が顔を寄せていたのだ。  顔の上半分を隠す白い仮面と、その仮面に負けない色白の肌に真っ赤な口紅。しかしその仮面から覗く漆黒色の瞳には殺意と狂気が宿っており、里美は全身の毛穴が開くのを感じた。 「こ、ここは、ど、どこですか? か、帰して下さい」  まだ麻痺が残る舌で訴えると、女は顔を寄せて囁いた。 「夜の独り歩きは危険よ。名桜のお姫さま。ふふふっ」 「ど、どうして……」  女は何も答えず、サイドテーブルの上からメスを取った。その両手にはゴム手袋がはめられている。そして恐怖で怯える里美の目の前に、研ぎ澄まされた鏡のような刃を近付けた。 「お、お願い。た、助けて……」  メスに映る里美の目から涙が溢れた。  すると女は、メスの刃先を里美の右脇腹の肋骨の間に当て、ゆっくり押し込んだ。 「痛っ、い、いやあっ!」  柔肌を一筋の血が流れた。泣き叫び抵抗しようとするが、拘束具はびくともしない。そんな様子を冷たく見下ろしていた女は、なんの躊躇もなく一気に里美の柔肌を切り裂いた。 「いやあああーっ!」  噴出す鮮血が女に降りかかる。すると女は目を閉じ両手を広げて天井を仰いだ。まるでこの状況を堪能しているかのようだ。その手からメスが床にこぼれ落ちる。  女は目を開き、鏡に映る里美の悶え苦しむ姿を見た。そして視線をテーブルの上に戻すと、今度は切り口に両手の指先を突っ込み、力まかせに開き始めた。 「いぎゃっあっ……あああっ」  里美は手足の拘束具がギシギシと軋むほど激しく抵抗した。しかし女はその手を止めなかった。切り口は徐々に裂き開かれ、やがて限界に達した肋骨がメリメリと音をたてて折れはじめた。 「がっあっ……が、あ、あ……」  里美が気を失ったことに気付いた女はそこで手を止めた。そして里美の両頬を強く掴み顔を寄せた。 「寝るには早いわよ。さあ、起きなさい。起きてちゃんと私の目を見なさい」  その言葉で無理やり意識を取り戻させられた里美は、抗うことが出来ない力によって言われるがままに仮面越しの女の目を見た。 「……あ……あ、……ああ」  すると女の瞳が赤色に変わった。そして上下左右に細かく不規則な振動を始めると、その動きは徐々に振れ幅が大きくなり、瞳は二つに分裂した。さらに振動を続けながら四つ、八つと分裂を繰り返し、あっという間に女の両目は小さな赤色の瞳で埋め尽くされた。そして振動が止むと、数十もの赤い瞳が里美を睨む。 「あ……あ、あ……」  「ちょっと痛いけれど、我慢してね。ふふっ」  女は再び脇腹に両手を入れて無理やり切り口を開いた。そして顔を押し込み、直接臓器を喰らい始めた。 「あぎゃ、がっ……あっ……あっ」  顔を真っ赤に充血させた里美は、拘束具が手足に食い込むのも構わず力の限り抵抗した。やがて自らの力に耐えきれなくなった右手首がミシッっと音をたてて折れた。  女がようやく顔を離したとき、里美は血の泡を吹きながら金魚の様に口をパクパクさせて小さく痙攣していた。そして今にも飛び出しそうなくらい見開かれたその眼は、真っ赤に充血して血の涙を流している。  それを見て満足したのか、女は咀嚼物を飲み込むと口角を上げて笑った。口元にべったりと付いていた鮮血が顎を伝い、糸を引きながら床に滴り落ちる。  女は息も絶え絶えの里美を見下ろしながら、 「それでいいのよ。絶望、恐怖、怒り、憎しみ。そんな感情を宿した〝眼〟が必要なの。ご馳走さま」  女はメスを拾い上げ、緋色の眼球を素早く刳り貫いた。
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