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第5章 3 ~死と再起~
そのとき、一発の銃声が部屋の中に響いた。
驚いた鏡子が真代から離れた拍子にサイドテーブルを倒した。
失いかけた意識の中で、自分の口から黒く大きな物体が飛び出し、鏡子の口の中へ戻っていくのが見えた。それは掌ほどの大きさの蜘蛛だった。
どちらのとも分からない唾液が、二人の口の間に長い糸を引いている。口の中に入ってきた物の正体を知り、真代は嗚咽しながらむせ返り慌てて呼吸をした。
「真代っ、大丈夫かっ!」
咳き込みながら声の方に視線を向けると、開け放たれた扉の横に大樹が立っていた。隣には圭と、そして銃を構えた佐伯もいる。
「真代ちゃん、大丈夫か?」
鏡子は無数の瞳で佐伯たちを睨むと、カチカチというスズメバチの威嚇音のような歯ぎしり音を鳴らし始めた。
しかし佐伯は、躊躇することなく引き金を続けて三回引いた。銃弾が体に命中する度にその衝撃で一歩、また一歩と鏡子は後退りする。しかし三発目はその場で踏み止まると、中腰になり佐伯を睨んで唸った。
「ウギィイ、イ」
凄まじい殺気に気圧されて隙が生じた佐伯に、鏡子は信じられない跳躍力で飛びかかり体当たりをした。
「ぐはっ!」
その衝撃で拳銃が手から床に落ちた。同時に佐伯は体を壁に強く打ちつけ、床に突っ伏す格好で倒れる。
鏡子は足元に落ちている拳銃には目もくれず、まるで巣に絡め取った獲物を射止める蜘蛛のように、四つん這いでゆっくり佐伯との距離を詰めた。
佐伯は起き上がろうとしたが足元がふらつき、仰向けのまま後退りする。
鏡子は不規則な素早い動きで間合いを詰めると、佐伯の襟首を片手で掴み高々と持ち上げてから床に叩きつけた。
「ぐはっ」
さらに馬乗りになり鼻先がくっつくほど顔を近づけた。
「う、うわああ」
大きく開いた鏡子の口から唾液が垂れて、恐怖で引きつった佐伯の顔に落ちる。
そのとき、鏡子の背後で人影が動いた。
ゴンッ。
鈍い音と共に鏡子の動きが止まった。
影の正体は圭だった。鏡子の後頭部をフライパンで殴ったのだ。その衝撃でフライパンは変形している。
「この野郎っ、よくも結をっ!」
さらに渾身の力でフライパンを振り下ろした。しかし鏡子はそれを片手で軽々と受け止めると、すさまじい力で圭の腕を握り上げ、部屋の隅へと投げ飛ばした。
「がっ」
壁に打ち付けられる寸前、大樹が間に入って受け止めたお陰で直撃は間逃れた。しかし、二人とも相当なダメージは避けられず、共にガックリとその場でうな垂れた。
「圭っ、大樹っ!」
二人の反応はない。そんな二人を一瞥した鏡子は佐伯に視線を戻すと、再び口を大きくあけて咬みつこうとした。
そのとき、必死にもがいた佐伯の左手が何かに触れた。本能的にそれを握ると力いっぱい鏡子の顔に叩き付けた。
「ギャーアアッ」
鏡子は悲鳴をあげて立ち上がった。その右目には一本のメスが深々と突き刺さっている。そして叫びながら壁に体をぶつけると、その場に蹲った。
「おのれ……ふっ、ふっふっ、はっはっは」
鏡子はなぜか笑い出した。
佐伯は急いで銃を拾うと鏡子の正面に立った。そして「これで終わりだ」と言って眉間に銃口を密着させると、躊躇なくその引き金を引いた。
「真代ちゃん、怪我はないか?」
佐伯は真代の拘束具を外してやると、そっと起こした。
「私は大丈夫です。それより二人は?」
「意識もあるし大丈夫だ」
圭に支えられた大樹が親指を立てる。
ホッとした真代は、隅で倒れている鏡子に視線を向けた。その姿は老婆の藤田に戻っている。眉間から血を流し、その右目には深々とメスが突き刺さっていた。左目の真っ赤な無数の瞳は天井を睨んでいる。
「この人が結を……」
「ああ。完全に裏切られたぜ」
「はじめから真代を狙っていたんだ。だから上京を勧めたんだろう」
「だがもう死んでいる。これ以上はもう誰も……」
佐伯のその言葉に真代は安堵した。しかし脳裏に結の顔が浮かぶと、痛恨の面持ちで押し黙る。
ふと、鏡子のある言葉を思い出した。それは嫌な予感となって広がっていく。鏡子は魂を喰らい別の肉体と入れ替われると言っていた。もし別の肉体を用意出来るとしたら? 最後に見せた不気味な笑いも納得できる。
ある人の顔が浮かぶと、真代は目を見開き佐伯に言った。
「佐伯さん、お願いがあります」
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