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第6章 1 ~憎悪~
嵐の砂浜で真代は目を覚ました。
夜のように暗く海は荒れ狂い、唸る風に舞い上がった砂が頬を叩いた。
「ここは……」
これまでとは明らかに違う。立ち上がり振り向くと、森の木々も狂ったように揺れていた。
胸元から手鏡を取り出して荒れ狂う海へと向ける。すると、水晶玉から放たれた一筋の光が海の遥か彼方を指し示した。
「……やっぱり遺魂の海だ。でも、なんていう禍々しさ」
凶暴なまでの殺気が島全体を取り囲んでいる。すると荒れ狂う海から、異様な物体が近付いて来るのが見えた。
「なに?」
それは、結の時に見た瓦解した魂と形状は似ているが、その色と放つ気配は明らかに違っていた。赤と黒の二色が憎悪と殺気を伴って渦巻いている。それは真代の前で止まると、無数の赤い眼を出現させた。
「よく来たな」有珠来鏡子の魂だ。
「今度は弓削さんの魂を狙うつもりね? そんなことは絶対にさせないわよ」
一瞬の沈黙の後で鏡子の魂は、
「はっはっはっは。笑わせるなよ、小娘がっ!」
無数の眼が大きく見開いた。すると容赦のない刺々しい殺気を放ち、真代は針の筵に包まれたような激痛に襲われ跪いた。
「おめでたい奴だな。他人の事など心配している場合か?」
「ど、どういう意味よ?」
「弓削の魂だと? まあ、あれも確かに私の獲物だ。保険のつもりだったが本当の目的はお前だ。さっきは邪魔が入ったが、ここなら大丈夫だ。これでようやく私の願いも叶うのさっ!」
突然、魂から赤黒い焔が噴き出すと、瞬く間に数メートルもの火柱となった。
「熱っ……」その熱さに耐えきれず、真代は数歩後退りした。
「……双子だった。ただそれだけの事で、私の運命はねじ曲げられた。お前ら神忽那家によってなっ!」
「な、何のこと、きゃっ」
火柱がさらに火力を増した。それと同時に真代の頭の中に、あの映像が映し出された。
――蚊帳が張られた畳敷きの大部屋。
その中に敷かれた布団で、浴衣着の若い女が一人横になっている。
そこへ二人の男が入って来た。若い男と白髪の翁だ。二人とも紋付き袴姿で、各々がその両手で何かを大切そうに抱えている。二人は蚊帳をめくり中に入ると、若者がすぐ枕元に、翁は一歩離れたところに腰を下ろした。
「具合はどうだ?」
若者の問いかけに女は上体を起した。
浴衣姿のその女は、長く艶やかな黒髪に色白で切れ長の目をした美しい人だった。
「大丈夫です。……それより、わたしたちの赤ちゃんは?」
若者と翁は互いに困惑した表情で目を合わせてから、各々が抱えていた物を女に見せた。
「嘘でしょ……」
女はそれを見ると、驚いた表情で若者を見返した。
「双子だ。これからどうするか、分かるな?」
若者が肩に手をやるが女はその手を振り払うと、涙を流しながら訴えた。
「嫌よっ。二人とも私の子よ。誰にも渡さないわ」
そんな女の態度に若者は気圧されたが、翁が毅然とした態度で告げた。
「そういう約束だ。一人は諦めろ」
「絶対に嫌よ」
「一族を皆殺しにされてもいいのか?」
すると、若者も態度を変えた。
「そうだ。もう決められた事なんだ。諦めろ」
「……そんな」
女性は涙を流しながら項垂れた――
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