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第6章 2 ~過ち~
「これは……いったい誰の記憶?」
「私の本当の名前を教えてやる。神忽那鏡子だ。神忽那光子の双子の妹のなっ!」
「妹? そんな……」真代は愕然とした。
そして目の前にあったはずの魂が忽然と姿を消した。慌てて辺りを見回したがどこにもない。しかし次の瞬間、突き刺すような殺気が背後から襲いかかってきた。振り向くとそこには、二十代後半に若返った妖艶で美しい鏡子が実体を伴い立っていた。
「……どうして?」
「双子が忌み嫌われていた神忽那家に、私たち姉妹は双子として生まれた。そして妹の私はすぐに有珠来家に引き取られた。そういう約束だったからな。しかしそこで私がどんな目に遭わされてきたか分かるか? 蠱毒さ。有珠来家は代々、呪殺を生業としていた家系だった。だから物心付く頃になると、否応なしに毒蟲どもを喰わされるようになったんだよっ!」
言葉を失う真代をよそに、鏡子は一人で語り続けた。
「当然、私は拒んだ。そしたら何をされたと思う? 数千匹という毒蟲たちと一緒に、あの地下牢に閉じ込められたのさ。昼なのか夜なのかも分からず、一切の水や食事を与えてもらえずにな」
再び映像が流れ込んできた。
――窓一つない暗い部屋の隅で、四、五歳くらいの少女が一人蹲っていた。天井の裸電球の灯りを、やつれた顔の虚ろな目でじっと見つめている。その顔や手足は赤く腫れ上がり出血し、さらに腫れた皮膚の下で何かが蠢いていた。
すると床の黒い絨毯が動いた。小さな波のようにうねりだしたのだ。だがそれは絨毯ではなく無数の毒蟲だった――
「だがそれも限界がきた。ついに私は飢えと渇きに耐えきれず、生きるために毒蟲どもを喰らった。そうさ、全部喰い尽くしてやったわっ!」
――血走った目を見開いた少女は、狂ったように毒蟲たちを鷲掴みにすると、自らの口へと放り込んだ。そして咀嚼しては吐き、吐いてはまた口に入れるという行為を繰り返した――
真代は跪くと両手で口を押さえ、震えながら必死に吐き気に耐えた。
「しかし最悪なことに、神忽那家の血筋のせいで十歳になる前にはもう呪殺が使えるようになってしまった。それからは蠱毒を使う呪殺者として、一族のために働かされたんだよ」
真代は辛うじて顔を上げた。
「……そんな」
「言われるがままに私は呪殺を繰り返した。そして十代前半には有珠来家でも一、二を争う程の力を持ってしまった」
鏡子は両手を広げると荒れ狂う天を仰いだ。しかし視線を戻した鏡子の眼には、怒りが込められている。
「それなのにだっ! 奴らは私を化物呼ばわりした。そしてあろうことか、私を殺そうとしたんだっ!」
――有珠来家、鏡子の寝室。
まだあどけなさの残る鏡子が寝ている。すると彼女は何かの物音で目を覚ました。訝しがって布団から起き上がるのと同時に、襖が乱暴に開けられると、仮面を着け紋付き袴を着た男たち十数人が一斉に押し入って来た。
驚く鏡子を男たちは有無を言わさずその場に押し倒すと、数人がかりで手足を押さえつけた。そして一人が拳銃を構えると、他の男たちも一斉に銃を手にして鏡子に銃口を向けた。
恐怖でひきつった鏡子は何かを訴えようとしたが、一人の男が叫び声を上げながら発砲したのを皮切りに、全員が弾切れするまで撃ち続けた――
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