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第6章 5 ~光に抱かれ~
「記念すべき第一号だったから原型を留めておいてやったのに。もういい。消えろっ!」
「第一号? サチエ……幸恵? まさか……」
真代は理解した。死にかけていた鏡子を助けた少女。その子が藤田幸恵だったのだ。そして鏡子に殺されると名前を奪われ、魂を生け贄にされ続けてきたのだ。
鏡子は片手で幸恵の頭部を鷲掴みにすると、そのまま持ち上げた。そして指が頭部に食い込むと、幸恵は足をバタつかせ苦しそうに顔を歪めた。
「い、痛い……」
「止めてっ!」
真代は止めに入ったが、もう片方の手で軽く振り払われてしまった。
「さあ、ザクロのようにグシャグシャになりなさい」
「ぎゃあああ」
そのとき、幸恵の悲鳴に応えるかのように手鏡が強烈な青白い光を放った。
「くっ!」
その余りの眩しさに、鏡子が手を離すと、
《怖れずに、魂と同調しなさい。そこから先は、紡ぐ者の証が導いてくれます》
真代の心に声が届いた。しかし梢ではない。
「光子お婆ちゃん?」
いつの間にか幸恵は光子の魂に抱きかかえられていた。
しかし真代の背後には結が迫っていた。両手を伸ばし今にも掴み掛かろうとしている。
真代は手鏡を握りしめ気持ちを落ち着かせると、光子に言われた通り、目の前にいる結の魂と同調しようとした。そして自ら結に抱き付いたとき、手鏡の水晶玉がオレンジ色の光を放って二人を包んだ。
辺りは急に静かになった。あれだけ荒れ狂っていた嵐が、一瞬で紺碧の青空と凪の海に戻っている。目の前には、生きていた頃の姿をした結がいた。
「結……」真代の頬を涙が伝い落ちた。
「真代、私……」
「ごめんね、結。わたしに関わったばかりに……本当に……」
言葉に詰まった真代に、結は優しく語りかけた。
「謝ったりしなくていいさぁ。真代が悪い訳じゃないさぁ」
しかし、結は俯いた。
「でも私……殺されちゃったさぁ。これからどうなるのかな……」
真代は泣きながら結を見据えて、震える唇で語った。
「結……聞いて。このままだと、魂を生け贄にされたまま永遠に苦しめられるの。だから……だからね。私が、結を遺魂の海へ返すわ。……そうすればきっと、きっといつか生まれ変われるから……ね」
「そっか」
結が泣きながら笑顔で答えると、二人は強く抱き合った。
「ごめんね……結。……本当にごめん。わたしにはこれしか出来ないの」
「さっきから謝ってばっかりさぁ。……なぁ真代。昔、初めて大樹を誘って、四人で川に遊びに行った日のこと、覚えてる?」
「……うん、もちろん覚えてるよ」
「いつからだろう、あの川では遊ばなくなったさぁ」
二人は泣きながら見つめ合った。
「……中学に上がった頃、だったかな。河川の開発工事が始まっちゃって」
「そうだったねぇ。お気に入りの遊び場所だったのに」
「ホントだよね」
「でも、その後もみんなといろんな所に遊びに行ったさぁ」
「そうそう。だんだん遠出をするようになって、今じゃ郷土史研究部まで作っちゃって」
「格安プランで北海道にも行ったさぁ」
「アイヌの文化を調べようって、みんなで行ったよね。初めて見る地平線には感動したね」
「うん。水平線じゃなくて地平線。あれも良かったさぁ。でも、なによりご飯が美味しかったさぁ」
「結、海鮮丼三杯もお代わりしたよね?」
「そうだっけ? 記憶にないさぁ」
「とぼけちゃって」
泣きながら二人は微笑んだ。
「去年はテレビ局の取材を受けたさぁ。圭ったらカチカチに緊張しまくって。そのくせ芸能事務所からスカウトされたらどうしようって、本気で悩んでいたさぁ」
「ははは、そうそう。何言っちゃってんだかね。あれは先生が感動してテレビ局に売り込んだのよね。おかげで次からレポートが大変になっちゃった」
「そうだったねぇ。それからも色々あったけれど、みんなといれて本当に楽しい毎日だったさぁ」
「そうだね。本当に楽しかった……ね」
「……なあ、真代。みんなに……伝えてくれる?」
「……うん」
結は涙を拭い一呼吸入れると、上目使いで真代を見た。
「いつもお世話になっていた吉美さんには、しょっちゅう心配ばかりかけて、ごめんなさいって。何も言わずに私たちの事を見守っていてくれて、本当にありがとうって。あっ、でも無理したらだめさぁって」
「うん。吉美さん、すぐ腰を痛めるからね」
真代は微笑みながら頷いた。
「圭はお調子者だけど、圭がいたからこれまでみんな一緒に笑ってこれたさぁ。だからこれからもムードメーカーで明るくいて欲しいって……圭が泣く姿なんて見たくないさぁ」
「確かに……想像するのも難しいわね」
結もクスッと笑って頷いた。
「大樹は頭も良くてしっかり者だけど、もっと自分の気持ちは素直に相手に伝えた方がいいさぁ。黙っていたら何も伝わらないんだから、頑張るさぁって」
「うん……ん?」
真代は涙を拭い、鼻を啜って尋ねた。
「……誰に何を伝えるの?」
「それは大樹に聞くさぁ」
結の顔を不思議そうに見つめる真代に、
「そして真代。ひっぱたいたりしてごめんね。もっともっといっぱい話しをしたり、笑ったり……一緒にいたかったさぁ。こんな私と友達でいてくれて、本当にありがとう」
「私だって、……ありがとう……ゆい」
「ずっと一緒だって約束したのに……ごめん。でも……できればこれからも、ずっと友達でいて欲しいさぁ」
「当たり前じゃない。結はいつまでも、私の大切な友達よっ!」
「ありがとう」
二人はまた強く抱き合った。
「父ちゃんと母ちゃんには……私はいつまでも二人の子供だよって。だからこれからも、笑顔で過ごして欲しいさぁ。二人の子供で本当に良かったさぁ……今までありがとう……ごめんなさいって」
「……うん……」
結の体が薄いオレンジ色の光に包まれた。もう時間がないのだと真代は理解した。
「まだまだ伝えたいこと、いっぱいあるのに……いっぱい話したいのに……。でも、最後は……笑って逝きたいさぁ。真代、みんなによろしく……ね」
「うん、分かった……」
笑いながら泣く二人の間で一瞬の閃光が放たれた。そして結の魂は真代の腕の中で半透明の球体となっていた。
真代はそっと抱きしめると、
「きっとまた会えるよね。結」そう言って結の魂を遺魂の海へ送った。
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