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第6章 6 ~光に導かれ~
急に嵐が戻った。結の姿はもうない。
「お前、一体何をした? あの小娘は何処へ行った?」
鏡子には何が起きたのか分からなかったようだ。
涙を拭った真代は鏡子を睨んだ。
「結の魂なら遺魂の海へ返したわ。もうあなたなんかに手出しはさせないっ!」
「まさか魂と会話を? 馬鹿な。お前にそんな力があるはずないっ」
「そうよ。だから言ってるでしょ。私は一人じゃないって。この子達もみんな返してもらうわよ」
結の魂を送ったとき、真代はこの紡ぐ者の証である手鏡の意味を理解した。鏡は海を、そして背面の水晶玉はいつも天頂に輝く太陽を表していたのだ。
真代は水晶玉を上にして手鏡を高く掲げた。そして鏡に映る自分と目が合ったとき、水晶玉が暖かなオレンジ色の光を放った。
ここにいる少女たち一人一人の魂と触れ合うことで、彼女たちが心を開いてくれれば、みんなを遺魂の海へ返せるはずだ。光子と梢の力を借りても、どこまでやれるか分からない。しかしこれは自分にしかできない事なのだと、真代は覚悟を決めた。
「そんなことを黙って見逃す訳ないだろっ! やれっ!」
鏡子は少女たちに命令した。だが誰一人として動こうとしない。
「何をグズグズしているっ! さっさと捕まえろっ!」
すると真代は、手鏡を見たまま言った。
「無駄よ。もうあなたの声は彼女たちに届かない」
「何だとっ!」
真代は辺りに届くように、大きな声で言った。
「私は神忽那真代、死者の遺魂を紡ぐ者です。みんなを遺魂の海へ返します。私を信じて、私に心を開いて!」
すると耳元で声がした。
「勝手に人の獲物を横取りするんじゃねえよっ!」
鏡子が背後から首を絞めてきた。しかし、水晶玉の光がより輝きを増すと、真代ではない声がした。
「こんな愚かな事はもうやめなさい。鏡子」
その声を聞いた鏡子は、途端に狼狽え始めた。
鏡子が首を絞めていた相手は真代ではなく、実体化した光子だったのだ。いつの間に入れ代わったのか、真代は幸恵を抱えている。
「この子たちはみんな、遺魂の海へ返します」
「だからそんな事はさせないって、言ってんだろうがっ!」
鏡子は両手に渾身の力を込めた。しかし光子は平然とした表情で言い諭した。
「その昔。神忽那家が愚かな因習にとらわれていたばかりに、その隙をつけ込まれて、あなたには過酷な運命を背負わせてしまいました。その責任は神忽那家に……いえ、私にあります。だから一緒に罰を受けましょう。その代わり、もうこれ以上この子たちを苦しめるのは止めなさい」
「ふざけるな……何を……いまさら……言って……」
鏡子の手からは徐々に力が抜け、項垂れていった。
「梢、真代、今のうちです。その子たちを!」
真代が光子から鏡を受け取ると、梢の魂も実体化した。
「光子お婆ちゃん、ありがとう。お母さん、力を貸して」
「いくわよ、真代」
二人は寄り添い、鏡を高く掲げた。
「みんな、帰ろう」
真代の言葉に水晶玉が答えるかのように、暖かなオレンジ色の光が一段と強く放たれた。
少女たちがその光に包まれると、一人、また一人と生前の姿に戻っていく。彼女たちもようやく解放されるのだと理解できたようだ。安堵の表情を浮かべて互いを見ている。
すると真代の前に、一人の少女が歩み寄ってきた。幸恵だった。
他人に構う余裕などなかった時代。それでも純粋な気持ちで人助けをしたにも拘わらず、彼女の魂は長い年月を囚われ虐げられてきた。
「ありがとう。これでみんなもようやく逝けるわ」
「サチエちゃん……みんな……」
「長い地獄のような呪縛から私たちを解放してくれて、本当にありがとう」
少女たちは幸恵に続いて次々と感謝の言葉を口にした。
しかし真代は素直にその言葉を受け入れることができなかった。直接係わっていないとは言え、みんなを長く苦しめ続けたその原因は神忽那家にあったからだ。
「みんな……ごめんなさい」
こんな言葉で許されるはずなどない。しかし、こうして頭を下げることしか思い付かなかった。
すると幸恵が優しく真代の肩に手を置いた。
「確かに私たちは理不尽な人生の終わりを強いられた上に、長い間苦しめられたわ。でもそこから解放してくれたのは、他でもないあなたですよ」
「でも……」
「大丈夫。今度生まれ変わったら今までの分を取り戻して、みんな幸せになるから」
幸恵の言葉に、真代は微笑みながら涙を流して頷いた。
隣で梢は母親らしい優しい顔で見守っている。
「真代、決して諦めないでね」
「うん。お母さん、ありがとう」
梢は少女たちを見た。
「さあみんな、私についてきて。一緒に逝きましょう」
少女たちは一人、また一人と梢の魂に導かれるように、オレンジ色の閃光を伴い半透明の球体になると、遺魂の海へと返って逝った。
最後に残った梢が真代を抱きしめる。
「ごめんなさいね。こんな思いをさせて」
「わたしは大丈夫。だからお母さん。今度は絶対に幸せになってね」
涙を流しながら笑顔で頷く梢の身体がオレンジ色に包まれ、半透明の球体となった。そんな魂を抱きしめた真代がそっと海に向けると、梢の魂は静かに遺魂の海へと消えていった。
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