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第1章 3 ~変死事案~
国内大手企業のひとつ、六葉グループ。
いまその内部では混乱がようやく落ち着き、今後に向けて再出発を図るべく準備をしているところであった。
混乱の原因は、前CEOの清田正彦が恐喝の容疑で逮捕され、さらに余罪が次々と判明したことでグループ全体の信用が失墜。解散の声まで叫ばれるようになっていたからだ。
そして今。現CEOとなった岡部幸一は、今後の方針を幹部に伝えるため、本社の会議室で緊急幹部会を招集していた。その円卓には十人程の幹部が着席し、岡部の隣にはポスト岡部と噂のある瀬戸和夫がいる。
「――ということで、一度失った信用はそう簡単に取り戻すことは出来ないだろう。だからこそ我々からこれまでのイメージを払拭するような大きな行動を起こす必要がある。そのためにもクリーンなグループに生まれ変わるのだと、世界に向けて大々的に公言しなければならない」
そこで挙手した幹部がいた。瀬戸とは同期入社の佐藤中だ。岡部は無言で発言を促す。
「クリーンとは結構ですが、これまでのやり方すべてが間違っていたとも取れる内容には賛成できません。資本主義とは弱肉強食です。これまでの伝統だった〝攻め尽くす経営戦略〟まで変える必要はないと考えます。我々が勝ち続けることはグループ傘下の企業やその下請け、孫請けにまで利益が行き渡るのですから。ライバル企業は叩けるうちに叩いて市場を牛耳らなければ、美味しいところを全部持っていかれます」
岡部は溜め息をついてから、ゆっくりとした口調で答えた。
「その結果が前CEOの逮捕だ。たしかに先代の手腕で国内大手の仲間入りをすることができた。しかしその裏で何をやっていた? ライバル企業への妨害工作や暴力団との癒着。さらには恐喝事件も次から次へと発覚している」
「ぼ、妨害工作とは聞き捨てなりませんな。ライバル企業に対する調査活動と言うべきです。それに暴力団との癒着と言いましたが、それは個人的な問題で我々には関係ないじゃ――」
岡部は苛立ちを押さえながら片手で発言を制した。
「それで世間が納得する訳ないだろ。根も葉もない噂なら反論できる。だが現実はトップが逮捕され余罪も次々と発覚し、信用は地に落ちたんだ。しかも解散させろという声が政界からも上がっている。我々はそこまで追い込まれているのだということを忘れるな!」
その言葉に隣の瀬戸は頷くと佐藤を睨んだ。その視線から逃げるように佐藤は下を向き舌打ちした。
「続けるぞ。具体的な方針だが、新たな事業をスタートさせたいと思う」
岡部は立ち上がると背後にあった大型ディスプレイの横に立ち、瀬戸に合図を送った。瀬戸は頷いて手元のノートPCを操作。すると大型ディスプレイに『六葉グループの新規事業について』という文字が映った。他の幹部たちも手元のノートPCを操作し、同じ画面を開く。それを見た佐藤も渋々といった表情で乱暴にキーを叩いた。
異変が起きたのは、岡部自らがプレゼンを開始して数十分が経ったときだった。大型ディスプレイに視線を向けたまま、黙り込んでしまったのだ。瀬戸や他の幹部たちもその異変に気付き、互いに困惑の表情を返す。
「いかがなさいましたか?」
瀬戸の問いに岡部は何も答えず、大型ディスプレイを見つめたまま強張っている。瀬戸が再び声を掛けようとしたそのとき、岡部は顔を真っ赤に充血させ、全身を小刻みに震わせ始めた。そして大量の血を吐き出したのだ。
騒然とする幹部たち。瀬戸は急いで岡部に駆け寄った。しかし、信じられない程の力で突き飛ばされてしまう。
「痛たた……お、岡部CEO?」
顔を上げた瀬戸が目にしたのは、床に伏した岡部が痙攣しながら口から血を吹き流しているところだった。
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