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第6章 8 ~願いと誓い~
静まり返った遺魂の海。見る見るうちに雲が消え、光が差し込むと、本来の姿を取り戻していった。
手鏡もその役目を終えたのか、今は完全に光が消えている。
真代は肩口を押さえながら膝をついて、ローブをそっと持ち上げた。その下にあったのは黒く濁った球体だった。
真代は微かな声を耳にした。そして森の方を見て、
「あの森の奥ね? 光子お婆ちゃん」
と言って鏡子の魂を持つと、肩の痛みに耐えながら浜辺を森へと向かった。
森の中を歩くと、ひっそりと佇む祠を見付けた。
一坪程度の広さに背丈以上の高さがあるその祠は、薄っすらとオレンジ色の光を放っている。扉をそっと開けると、そこには等身大の琉球人形が祭られていた。真代が初めて遺魂の海に落ちたとき、海底から現れたあの琉球人形だ。その前には敷物が二つ並んでいて、その一つには半透明の球体が置かれていた。光子の魂だ。
真代はその隣に鏡子の魂をそっと置いた。
「これでいいのね? 光子お婆ちゃん。力を貸してくれてありがとう」
生後すぐに引き裂かれた光子と鏡子。
鏡子に待ち構えていた過酷な運命は、その人生を、精神を大きく狂わせてしまった。その邪悪な怨念に気付いた光子はこの遺魂の海に祠を建てると、自らの命と引き換えに鏡子自身の呪縛を絶とうとしたのだ。
そして鏡子の魂と寄り添う事を願い、それは今、長い年月を経てようやく叶った。
いずれ鏡子の魂も、光子と共に遺魂の海へと返せる日がやって来る。その時が来るまで見守っていこう。真代は心にそう誓った。
藤田旅館の地下室。目の前には有珠来鏡子の遺体が横たわっていた。
「真代! 大丈夫か?」大樹が心配そうに見ている。
「もう大丈夫よ。佐伯さんと圭は?」
「それが、まだ連絡がないんだ。大丈夫だとは思うが……痛てて」
「大丈夫? 痛む?」
「いや、大丈夫だ。……役に立たなくてごめん」
「そんなことないって。大樹が圭を受け止めなかったら、今頃どうなっていたか分からないんだから」
「でもこれじゃ……」大樹は悔しそうに下を向いた。
すると、真代のスマホに着信があった。佐伯からだ。スピーカーに切り替え応じた。
「もしもし、神忽那です」
「真代ちゃん? よかったぁ、無事に戻ってこれたんだね。本当によかった。こっちも弓削さんを無事に保護したよ。もちろん圭君も無事だ。大樹君の言った通りだったよ。拉致された弓削さんはそっちに連れて来られるはずだから、途中で待ち伏せしてればいいって。そしたら本当に通りかかって。信号待ちしていたところを奇襲……じゃなくて救助したんだよ」
それを聞いた真代と大樹はホッと胸を撫で下ろした。
「そうですか。それで犯人は?」
「一人は捕まえた」
「もしかして、金髪で目付きの悪い二十代の男の人ですか?」
「……えっ、なんで知ってるの?」
「その人は諏訪信二。どこまで真相を知っているのかは分かりませんが、有珠来鏡子の共犯者で間違いないです」
「え? じゃあ君のお母さんや瀬戸さんの記憶で見たという……」
「いいえ、それは違います。もっと大柄な男性はいませんでしたか?」
「ああ、実はもう一人車に乗っていたんだけれど、弓削さんを守りながら、銃を振り回す金髪を取り押さえるのに精一杯で、その間に逃げられたんだ。一体何者なんだ? 有珠来鏡子と同じぐらい危険な気配を放っていたが」
「わかりません……でも、無事なら良かったです……」
真代の脳裏には、結の笑っている顔が浮かんだ。怒ってる顔が浮かんだ。泣いている顔が浮かんだ。みんなで一緒に帰るさぁと言ってくれた顔が浮かんだ。泣きながら笑って逝った顔が浮かんだ。
「結……」
涙が流れ落ちたがすぐに拭って唇を噛み締めると顔を上げた。泣いてる場合なんかじゃない。まだ終わっていないのだ。
光子お婆ちゃんの命を懸けた行為を無駄にしたばかりか、有珠来鏡子に呪殺の力を取り戻させ、多くの命を奪わせてもなお姿を消したあの大男。何としても見つけ出さなければ。それが今の自分にできる償いなのだと、真代は理解した。
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