第1章 4 ~暗中模索~

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第1章 4 ~暗中模索~

 六葉グループの岡部CEOが変死を遂げた頃。渋谷のとあるビルの建設現場では、女子高生の惨殺遺体が発見され、渋谷警察署は慌ただしかった。  第一発見者は現場監督を任されていた片岡修三だった。彼はいつも通り、作業開始の一時間前に現場入りをして準備に取りかかろうとした。すると、昨夜の作業後に施錠したはずの現場の扉が壊されていることに気が付いた。  彼は舌打ちした。夜中に何者かが侵入したのだ。壊されたのが扉だけならまだマシだが、機材等が盗まれていたら面倒が増える。とりあえず他に被害がないか確認しようと、怒りを押さえて扉を開けた。  現場は工事中のため、コンクリートとむき出しの鉄筋の柱が樹立しているだけのガランとした空間だった。機材等は昨夜と同様に隅の方にまとめて置かれている。どうやら盗まれたものはなさそうだ。  しかし、この空間の中央に置かれた青いビニールシートが被せられた〝物〟には全く見覚えがない。  警戒しながら近付くと、鉄分と饐えた生臭さが混ざった臭いがした。顔を顰めた片岡はタオルで鼻と口を押さえた。何者かが動物の死体を遺棄したのか? そう考えながら片岡は恐る恐るシートをめくった。  そこには制服姿の一人の女子高生が仰向けで横たわっていた。その両目の窪みの血溜まりから血の涙を流し、さらに右脇腹は内側からザクロ状に裂き開かれた口がポッカリと開いていた。  所轄の渋谷警察署に捜査本部が設けられ、鑑識官から被害者の司法解剖の結果が説明されると、捜査員たちは表情を強張らせていった。 「被害者は戸田里美、十七歳。死因は出血死。死亡推定時刻は一昨日の夜から未明と推定されます。さらに被害者は両眼球と肝臓が抜き取られており、そのいずれの周辺細胞からも生活反応が確認できました」 「犯人は被害者から臓器を摘出して殺害した、と言うことか?」  捜査本部の指揮を執る管理官に訊かれ、鑑識官は補足した。 「はい。ただし麻酔や薬物等の反応はなく、被害者の両手首と両足首には拘束されたと思われる内出血の跡がありました。そして右手首は骨折を、左手首と右足首は剥離骨折しています。そのいずれの細胞からも生活反応が確認されました」 「それはつまり?」 「自身の力で骨折してしまった。遺体の状況からそう判断できます」  刑事たちは一様に苦痛の表情で押し黙った。生きたまま自らの臓器を抜き取られる恐怖と激痛など想像すらできなかったからだ。管理官もまた同様だった。 「まるで拷問だ。それとも何かの宗教的な儀式か? いずれにしても犯人はまともな神経の持ち主ではない。何としても犯人を挙げるぞ。先ずは被害者の交友関係と周辺で不審な人物がいなかったかを徹底的に調べろ。それと現場周辺での目撃情報もだ。以上っ!」  その言葉と同時に、緊張と怒りが混ざった表情の捜査員たちが一斉に立ち上がり、捜査本部をあとにした。  同時刻の警視庁捜査一課。 「班長、事情聴取の資料が全て揃いました」  警視庁捜査部捜査一課の御影正臣率いる御影班は、六葉グループCEO岡部幸一氏の不審死について調査をするよう指示を受けていた。  御影班の面々が液晶モニターの前に集まると、一番の若手である佐伯和弘刑事がパソコンを操作して資料を映し出した。  そこには岡部自らが幹部向けにプレゼンした会議の議事録が映し出されている。 「会議が始まってから亡くなるまで、休憩は取っていないな」 「はい。会議中も口にしたものはありませんから、毒物の摂取は会議の始まる前、ということですね」 「岡部氏が出社してから、いや、朝起きてから口にした物は全て調べてあるな?」 「はい、こちらです」  佐伯は岡部の起床から死亡まで、調書で判明した詳細な行動記録を表示させた。  岡部はいつもどうり朝の六時に起床すると、六時半には妻が用意した朝食をとっている。それから新聞やテレビのニュースを見たあと、八時半には出社。会社では秘書の淹れたコーヒーを飲み、会議は九時半から始まっている。それ以外に岡部が何かを口にしたという記録はない。 「検死の結果が出ないと分からないが、どこかで毒を盛られたことは間違いない。調書を見る限り遅効性の毒と考えられる。自宅と職場から押収した物から毒が検出されれば解決もすぐだろう。あと、CEOに怨みを持つ人物や死亡して得をする人物の特定は済んだか?」  佐伯が別の調書を映し出した。 「六葉グループにはかなり悪い噂がありました。汚い手を使ってライバル企業を陥れていたそうです。まだ噂のレベルですが、複数の情報筋から同じような悪評がありましたから」 「前CEOの清田だな。広域指定暴力団の久慈武会との癒着がスクープされ辞任に追い込まれた。そしてその癒着を暴いたのが岡部。ってことは動機は充分だが、奴はいま拘留中だろ?」 「余罪も次々と発覚していますからね。しかしそれは本人が直接手を下したという訳ではない、というだけです」 「清田の身辺、特に久慈武会との繋がりを徹底的に洗え。四課の方には俺から話を通しておく」 「はい」  捜査員たちが一斉に行動しようとしたそのとき、別の捜査員が部屋に入ってきた。 「班長、検死の結果が出ました。それによると……」  病院に搬送された岡部の死亡が確認されると、すぐに司法解剖が行われた。その結果、肺や胃といった臓器の一部に溶解した痕跡があり、そのことで吐血をして出血性ショック死に至ったと判断された。  しかし、体内から毒物や薬物さらにウイルスといった類は全く検出されず、臓器が溶解した原因は不明。引き続き科捜研で調査を行うこととなった。  念のため、会議に出席していた他の幹部たちにも検査を行ったが、誰一人として異常は見付からなかった。しかも自宅や職場からの押収物に何一つ毒物や薬物の類は検出されなかったのだ。
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