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帰省 1
実家に行こう。
ふと、思い立ったのは、テレビで帰省ラッシュのニュースを見たからだ。
とは言っても実家は同じ市内にあるので、帰省、という感じはあまりしないのだが。
お盆休みが始まって二日目だった。アパートの狭苦しい部屋の片付けを終えてしまうとやることもないし、お昼くらいから行くことにした。
今から帰るけど、お昼ある?
母にLINEしてみたけどなかなか既読にならない。
いいや、行ってみちゃえ。
携帯と財布だけが入ったカバンを持って車に乗り込むと、実家に向けて出発した。
私の生まれた町は田舎だった。
家の周りは田んぼだらけで、父親は公務員で、兼業農家だった。農業を営む祖父母と同居しており、母も手伝っていた。
毎年GWは田植え。その時には私と妹も手伝う。ディズニーに行くという会社員を父に持つ同級生が羨ましくて仕方なかった。
「先祖代々の土地を守っていかないといかん」
祖父母や父はよくそう言っていた。
私の将来は大体決まっていて、市内の高校まで出たら婿を取って後を継ぐらしかった。
小さい頃はそういうものだと納得していたけど、中学3年で受験生になるとそうも思えなくなった。
「ここの高校に行きたい」
洗濯物を畳んでる母に差し出したのは、市外の高校のパンフレット。県内でもトップクラスの進学校だ。
母の顔色がさっと曇った。
「何で、ゆりは二高に行くんだろう?」
市内では男子校の一高、女子校の二校しかなく、どちらも県内で偏差値は高い方ではなかった。
「先生が市内の高校じゃ勿体ないって、言ってくださったん。私も、勉強好きだし、友達も」
「お父さんに聞いてみなさい」
母はそれだけ言うと、また洗濯物を畳出した。
この答えは実質ダメだと言うことだ。
「父さんに頼んだって無理じゃん! だから母さんに言ってるのに!」
カッとなって大きな声を出すと、妹が隣室から、目を擦りながら顔を出した。昼寝していたようだ。
「ねえちゃん、どうしたん」
妹のさくらとは9つも歳が離れていて、この時まだ幼稚園生だった。
「何でもない」
ぶっきらぼうにそう言うと、私は2階の自室に向かって駆けた。部屋のドアを閉め机に突っ伏す。
二校なんか、誰でも入れるじゃん。
友人との他愛のない会話。
ゆり、いつも学年で10位以内じゃんか。勿体無いよ。
何度かそう言われる内、その気になった。先生からパンフレットを貰った。生徒紹介に載っている新学校の生徒は、そのあたりのコンビニでだべっている二校生とは全然違う。
電車に乗って、この町から違うところへ行きたかった。
「え?」
ふと思い浮かんだことに自分で驚く。
この町から違うところ?
小さくかぶりを振る。
私は長女だから、この町からは出ていけない。
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