夏の終わりのビター・スウィート・シンフォニー

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 尾道へと帰る新幹線の中、隣に座る彼女は静かだった。彼女は口数の多い多感なタイプだが、不思議と静かだった。  彼女とは5年前、僕が高校3年の時に付き合い、高校を卒業してから同棲を始めた。喧嘩をする事もなく、穏やかに過ごしている。  けれど僕と彼女との間には見えない壁がある。僕の責任だ。僕の心には高校3年の時に刺さった鈎針が食い込んだままになっている。それが彼女との距離を縮められない理由であり、真剣に今に向き合えない理由でもあった。 「先輩、尾道に着いたら別々に行動しませんか?」と彼女は曇天から落ちる一粒の雨のように、ポツリと言った。  彼女は出会ってからずっと敬語のままだ。その方が本音で喋れるそうだ。 「なんで?」と僕は聞いた。 「昔の友達にも会いたいし、あと両親に報告しなくちゃいけない事があって」 「そっか、それならいいよ。駅で別れよう」  僕はあまり深く聞かなかった。言葉尻で、あまり立ち入らないで欲しいという思いを感じたからだ。4年一緒に生活していると、流石にそういう事はわかってくる。 「すいません。わがまま言って」彼女はそれだけ言って、また自意識の中へと入っていった。  僕は鞄から、有島武郎の小説の中で唯一まだ読んでいなかった『小さき者へ』を取り出した。小説を読みながら、新幹線の窓の外を見た。緑が太陽に照らされキラキラ光っている。  今日は8月25日、また、もの悲しいこの季節がやって来た。外はまた、あの日のような匂いがするのだろうか。
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