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12 他人の空似
アジットと別れたアシュウィンとマナサは、『毘羯羅麒麟』を携えて、アデリーに向かって馬を進めていた。
達成感が2人の疲労を吹き飛ばしていた。
「アシュウィンのお父さん、忙しいのか、わたわたと帰ってしまって、多くを語らなかったけど、どこを拠点に活動しているのかしら?」
「さぁな。あの調子だから、神出鬼没で訳が分からない。
そもそも、本当にレジスタンスなのかも怪しいし。
昔はあれだけ毛嫌いしていたはずなのに……
何がどうなったら、真逆の立ち位置になるんだろう。」
「でも、お父さんに会えて良かったでしょ?」
「生きていることが分かっただけでも良かったかな。」
「そうよ。両親のいない私からしたら、羨ましい限りだわ。」
「……そうだよね。」
「うん。」
「……それにしても、『毘羯羅麒麟』を取り戻せて、ホント良かったよ。」
アシュウィンは腰に付けている『毘羯羅麒麟』を軽く握った。
「本当に良かった。
これでアシュウィンも正真正銘のマントラの戦士ね。」
「よーし。バラシも倒したことだし、この勢いでバジット卿を倒そう。」
「……。
でも、何でこうなってしまったのかしら?
同じ人間、同じ一族なのに……」
マナサは英雄の丘を振り返りながら呟いた。
「……うん。なんでだろう?」
「戦わずに済むなら、それに越したことはないのに……」
2人は暫く口を開かずに山道を下っていた。
進んでいる道が山道から林道に変わろうとしている頃、マナサが馬を止めた。
「アシュウィン!」
マナサはアシュウィンを制止した。
「また、近衛兵でも見つけた?」
「ええ、よく分かったわね。」
「マジで?」
「マジよ。」
マナサは遠くに見えている人影の方に視線を移した。
アシュウィンもマナサが視線を送っている方向に目を向けると、数十人の人影が整然と歩いているようだった。その服装は近衛兵の軍服のように見えた。
「もう少し近づいてみよう。」
「冗談でしょ?」
「近衛兵団かどうか、はっきりさせないと。」
「今はそんな必要ないでしょ。」
「ここにいる近衛兵団って、セシルの第4師団だよね?」
「恐らく……」
「だったら、カダクの戦いでイシャン副長が第4師団の兵士長を倒した後だから、その後任が誰かを確認しておいた方がいいんじゃないかな。
戦力を分析しておいて、今後の戦いの参考にしよう。」
「そうね。確かに一理あるわね。
情報収集してからアデリーに戻りましょうか。」
「そう来なくっちゃっ!」
「でも、いい?
細心の注意を払って、もし、見つかりそうになったら、すぐに退却よ。
いいわね?」
「了解、了解。」
「本っ当に分かっているわよねっ?
相手との接触は絶対に無しよっ!」
「この剣の力試しとか……」
「はぁーん?何だって?
もう一度言ってみなっ!」
マナサは鬼の形相になっていた。
「いえ、何でもありません……」
「そう。それならいいわ。
じゃあ、もう少し近づいてみましょう。」
2人は馬をゆっくりと進めた。
前方に見えている集団の姿が少しずつ大きくなってきた。
「やっぱり近衛兵団だ。」
「確実ね。」
「第4師団かな?」
「分からないわ。
この距離を保ったまま、後を追いましょう。」
「うん。」
アシュウィンは、無意識のうちに『毘羯羅麒麟』を握りしめた。
「第4師団だと、セシルは先頭の方かな?」
「ええ、この隊列にいるのであれば、性格的に先頭にいると思うわ。」
「回り込んで確認したいな。」
「危険を冒すことはダメ。」
「……だよね。」
「この辺りを行軍しているんだから、遠くないところに駐留地があると思う。
その場所を特定しましょう。」
「分かった。」
2人が着かず離れず近衛兵団の後を追っていると、先の方に簡易な建物が見えてきた。
「多分、あれが兵舎ね。」
マナサがアシュウィンに説明した。
「彼らが兵舎に戻るまで、ここで食事休憩を取って待ちましょう。」
「了解。
そう言えば、腹ぺこだよ。」
2人は、木陰に馬を休ませて水を与えると、自分たちも乾燥肉などの携帯食で食事を取った。
「マナサ。」
岩場に腰掛けて休んでいたアシュウィンが口を開いた。
「何?」
「今までにセシルと直接戦ったことがある?」
「直接?
直接戦ったことは、まだ無いわ。」
「もし、そうなった時、マナサは戦うことができるの?」
「ええ、当然でしょ。」
「実の姉だよ。普段通りに戦える?」
「……本当のところ、その時になってみないと、正直、自分でも分からない。
何の躊躇も未練も無く戦えるのか。
私の心が戦うことを拒否して、セシルに倒されてしまうのか。
それとも、お互いに手出しができず、見つめ合うだけかも。
そして、過去のことを水に流して、互いに手を差し伸べる……
なんて、それは無いか。あのセシルに限って……」
マナサは寂しそうに笑った。
「俺だけが偵察してくる。マナサはセシルに近づかない方がいい。」
「それはダメ。戦闘に私情は禁物。私情を挟んだ方が命を落とすことになる。
アシュウィン、私とセシルの関係に気を使わないでね。
本当に大丈夫だから。」
「うん。気を使わないように努力するよ。」
「努力してね。
それじゃあ、そろそろ兵舎の近くに移動しましょう。」
「徒歩で行く?」
「ええ、その方がいいわね。」
2人は、近衛兵の見張りに気づかれないように、もの陰に隠れながら兵舎に近づいた。
そして、兵舎横の空き地を見渡せる場所にある林の中に身を潜めた。
アシュウィンとマナサが兵舎の様子を伺っていると、1人の年配の兵士が駐留地に帰ってきた。
兵舎の窓からその姿を見つけたのか、中から兵士が現れて、帰ってきた兵士を出迎えた。
「兵士長、お疲れ様です。」
「お疲れ。師団長は中か?」
「はい。我々も先程訓練から戻って来たところです。」
「そうか。師団長の訓練は厳しいか?」
「まだ新しい師団ですから、基礎的な訓練だけでした。」
「これから厳しくなるかもな。
師団長を見かけで判断するなよ。」
「そんなことは……」
2人の兵士は話しながら兵舎の中に消えていった。
アシュウィンとマナサは、身を潜めて、その様子を窺っていた。
「後から来た兵士、どうやら後任の兵士長のようね。」
マナサは、兵舎を監視したまま、隣のアシュウィンに言った。
「うん。ベテランの兵士のようだ。あれが第4師団の新しい兵士長か……」
アシュウィンは確認するように答えた。
「……?
でも、何か変ね……」
マナサは首を傾げた。
「変って、何が?」
「さっきの兵士長と兵士の会話。」
「会話、おかしかった?」
「ええ。
まだ新しい師団だとか言っていたでしょ?
第4師団は他の師団と変わらず、以前からあるのに。」
「ああ、なるほど。確かに変だ。」
「それ以上に腑に落ちないことは、セシルのことを見かけで判断するなって言っていたじゃない?
あんなに分かり易い、見かけ通りの性格なのに。
セシルに見かけとのギャップなんて、これっぽちもないでしょ?」
「確かに、確かに。」
アシュウィンは大袈裟にうなずいた。
それにしてもディスるねえ……セシル、クシャミしているんじゃないか。
「もしかすると、ここの駐留地は第4師団の駐留地じゃないのかもね。」
「まさか……ガザンの幽霊師団だったりして。」
「それはそれで、千載一遇の状況ね。」
「確かめたい。
って言うか、確かめるべきだよね?」
「確かめるって、何を?」
「誰が師団長なのか。」
「それはそうだけど……
外に出てくるかしら?
今日の訓練は終わったらしいし……」
「うーん。近づいて、兵舎の中の様子を確認できないかな?」
「見つかる危険が高くなるわ。でも、確認すべきよね。」
マナサが言い終わるか終わらないうちに、アシュウィンは兵舎の方に移動し始めていた。
「ちょっと待ちなさいっ!」
マナサは慌ててアシュウィンを止めた。
「とっとと、偵察しよう。日が暮れちまう!」
「アシュウィン、待って!隊服を脱ぎなさい!」
「隊服?」
「そう。
隊服のままでは、見つかった時にすぐに身元がバレちゃうでしょ?」
マナサは木陰で普段着に着替えて、アシュウィンは隊服を脱ぎ捨ててシャツ姿になった。
「よーし。マナサ、行こう!」
「くれぐれも慎重にね。分かっているわよね。」
「偵察は得意中の得意。」
「どこから来るのよ、その自信……」
2人は、林を抜けて、身を隠しながら兵舎の裏手に目立たない様に近づいた。
「最奥が師団長の部屋だと思うから、この辺りの裏側から確認できないかし ら?」
マナサが息を潜めながら尋ねた。
「物音一つしないな……」
アシュウィンは兵舎の壁に耳を付けたまま答えた。
「ここにいる師団長は誰なんだろう……」
「そうね……セシルじゃないとしたら誰かしら?」
マナサも思案顔でつぶやいた。
その時、兵舎の中から足音が響いてきた。
「壁の向こう側で誰かが歩いているようだ。足音からすると、大柄の人間かな。」
アシュウィンは、壁から耳を離すと、窓を探した。
「窓が無いな。何とか中を覗きたい。」
「師団長の居場所が分からないように遮蔽しているから、外から中を見ることは不可能ね。」
「何とかならないかな。」
アシュウィンは、歯ぎしりしながら、再び壁に耳を付けた。
すると、壁が微かに振動して、中の人声が響いてきた。
「マナサ!」
アシュウィンはマナサにも耳を壁に付けるように手振りで伝えた。
「何か聞こえる?」
マナサも壁に耳を付けた。
壁が振動して、壁の向こう側から男性同士のくぐもった声の会話が響いてきた。
「師団長は……どこに行かれた?」
「ついさっきまで、部屋に……ですが……」
「単独行動が……。復命も出来ない。」
「兵士長、師団長が……倒したのは……ですか?」
「恐らく……だ。」
断片的にしか会話の内容が聞き取れずに、アシュウィンはイラつき始めていた。
「ちっ!肝心のところが聞き取れないな。」
「本当ね。師団長が誰を倒したっていうのよっ!」
マナサも負けずにイラッとしていた。
「その師団長はどこにいるんだ。兵士長なのに、何で知らないんだ。」
「組織として機能していないようね。」
「これじゃあ、ダメだよな。」
「ダメねぇ。」
2人が好き勝手に悪態をついている時、そっと忍び寄る人影があった。
「どちら様ですか?そこで何をしているの?」
突然聞こえてきた若い女性のような透き通った声に、アシュウィンとマナサの2人は反射的に飛び上がった。
声をかけられるまで、その声の主の気配に全く気付かなかった。
「えっ?」
「えっ?」
2人は同時に声のする方に振り向いた。
そこには小柄な女性っぽい兵士が立っていた。
奇妙な仮面を付けているために、女性かどうか、にわかには分からなかった。
「ここは近衛兵団の兵舎ですよ。無断で入れる場所ではありません。」
「ご免なさい。この辺の道に不慣れなもので、迷い込んでしまいました。
すぐに出て行きます。」
マナサが咄嗟に取り繕った。
「あなた方はどなたですか?」
「俺たちは……」
「私たちは隣村に住んでいる夫婦です。散歩がてら近くを散策していたら、ここに迷い込んでしまって……
兵舎とは知らなくて、本当にごめんなさい。」
マナサは、アシュウィンがボロを出さないように、言葉を引き継いだ。
ただ、目の前の兵士が仮面を着けているせいで表情が読めず、自分の口をついた出まかせを兵士がどこまで信じているのか、皆目、見当が付かなかった。
「……隣村のご夫婦?」
「はい、そうです。」
「ここはあなた方が来るようなところではありません。
早くお帰り下さい。」
「分かりました。失礼します。」
マナサはホッとして胸を撫で下ろした。
アシュウィンの方を横目で見ると、アシュウィンは不満げな表情をしていた。
マナサは、仮面の兵士に分からないようにアシュウィンにひじ鉄を喰らわせると、満面の笑顔で兵士に別れのあいさつをした。
2人が焦らず急いでこの場を立ち去ろうした時、仮面の兵士が呼び止めた。
「ちょっと待ってください。」
げっ!
「な、何でしょう?」
マナサは冷静さを装って振り向いた。
「お二人とも、その背負っている荷物、何ですか?」
「これは、その……農作業で使う鉈です。
農作業の中休みだったもので……」
「では、その包んでいる布を取って、中を確認させてもらいます。」
「えっ?でも、泥だらけで汚れているので、兵士の方にお見せするのはちょっと……」
「私は平気です。構いませんよ。
さあ、お見せください。」
「あなた、どうしましょう?」
マナサはアシュウィンに助け求めた。
「そ、そうだな。そろそろ、農作業に戻らないと。ここら辺で失礼しようか?」
「そうですね。では、失礼します。ごきげんよう。」
アシュウィンとマナサは、そそくさと仮面の兵士から離れようとした。
「……待ちなさいっ!背負っているのは武器でしょ?」
仮面の兵士が語気を強めた。
「待てませんっ!さようならっ!」
マナサは、そう叫んでアシュウィンの手を握ると、引っ張るようにして一緒に走り出した。
「あなたたち、レジスタンスでしょ?」
仮面の兵士は、右手で印を結ぶと、「オンバサラユタ」とマントラを唱えた。
「えっ?マントラ?」
「えっ?マントラ?」
アシュウィンとマナサは振り返ると同時に叫んだ。
ヤバっ!
マナサは、間髪入れずに印を結ぶと、「オンキリキリバサラバサリ!」と叫んで、自分とアシュウィンに結界を張った。
「えっ?マントラ?」
今度は仮面の兵士が叫んだ。
仮面の兵士が放った衝撃波は、アシュウィンとマナサに当たるぎりぎりのところで、張られた結界に飲み込まれて、跡形もなく消え去った。
「あ、危ねぇ……」
アシュウィンは額の汗をぬぐった。
マナサはGDの仮面の奥の眼差しを睨むように見据えていた。
「あなた、師団長……なの?」
マナサはラーマの麒麟の隊長に戻っていた。
「あなた達はラーマの麒麟の人ね?」
GDは身構えて戦闘態勢になった。
GDが戦闘態勢に入ったことを感じ取ったアシュウィンは、「バキラヤソバカ」とマントラを唱えた。
すると、GDの身体は、巨人の巨大な手のひらで掴まれたかのように身動きが取れなくなり、そのまま身体が宙に浮いたかと思うと、後方に10メートル位飛ばされた。
GDは受身が取れずに草むらの中に背中から落ちると、そのまま数メートル滑って、ようやく止まった。
「くっ!」
「早く行くわよっ!!」
マナサはアシュウィンの手を引いて走り出した。
飛ばされたGDは、ゆっくりと起き上がると、戦闘服についた土を払い落とした。
そして、2人が走り去っていく姿を眺めていたが、後を追うことはしなかった。
「念動力を使ったあの男の人……」
GDは一人呟いた。
その時、兵士長のマドハが小走りで現れた。
「裏で物音がしたので確認に来たのですが、師団長はここにいらっしゃったんですね?
探しましたよ。」
「ええ……」
「どうかなされましたか?」
マドハは、戦闘服が汚れ、呼吸が荒くなっているGDに驚いた。
「兵士長、ラーマの麒麟で念動力を使うことができる若い男性って、誰が知っていますか?」
「念動力を使う若い男ですか?インジゴのことでしょうか?」
「インジゴ?」
「はい。確か念動力を使うはずですが……」
「そうですか……分かりました。
さ、兵舎に戻りましょう。
ところで、私が倒したラーマの麒麟のレジスタンスは、どの隊の所属か分かりましたか?」
「はい。第2隊のようです。」
「第2隊……そうでしたか。確認してくださって、ありがとうございました。
……バラジ師団長、大丈夫でしょうか?」
「何がどうなっているのか、気になりますね。
情報を収集いたします。」
「よろしくお願いします。」
GDとマドハは兵舎に戻った。
◇
一方のアシュウィンとマナサは王都アデリーに向けて馬を進めていた。
「あの仮面の兵士が師団長だったなんて……
マナサも初見?」
「ええ、会ったことも見たこともない……
誰かしら?」
「誰かな?」
「一族の人間なんだろうけど、分からないわ。
仮面を着けているし……」
「あの仮面は何のために着けているんだろう?」
「素顔を見られたくないのかな……」
「衝撃波のマントラを使ったよね?」
「ええ。」
「シーラさんと同じマントラ。」
「副官もそうだし、仮面の師団長も……
衝撃波のマントラを使える人は、女性に多いのよね。」
「ふーん。
まさか、シーラさんの子供じゃないよね?」
「それは無いわ。」
マナサは首を左右に振った。
「……若い子だったわね。
それでも躊躇なく衝撃波を撃ってきた。」
「仮面の奥の瞳、なんか見覚えない?」
「うーん……
私はないと思うわ、多分……
アシュウィンは見覚えがあるの?」
「どこかで見たような……
彼女に会ったことがあるような気がするんだよね。
いつ、どこでだっけ?」
「他人の空似じゃない?」
「他人の空似かな。」
アデリーに続く街道には夕暮れが近づいて来ていた。
アシュウィンは、馬上で『毘羯羅麒麟』を鞘からそっと抜いてみた。
鞘から現れた『毘羯羅麒麟』の刀身は陽の光を受けている訳でもないのに七色に輝いていた。
アシュウィンは『毘羯羅麒麟』を抜くことが出来てホッと息をついた。
「どうしたの?急に剣を抜いて。」
マナサは怪訝そうな表情でアシュウィンに訊ねた。
「いや、ちゃんと鞘から抜けるかなと思って。何か心配になっちゃって……」
「そんな心配するなんて、らしくないわね。」
「ほら、シーラ副官に報告する時、鞘から抜けないなんてことになったら、飛んだ赤っ恥をかくしさ。」
「アシュウィンがそんなことを気にするなんてねぇ……シーラ副官だから?」
「えっ?いや、まあ、うん……
チャンドラ隊長にも早くこの剣を見せたいよ。」
「そうね。チャンドラ隊長は、多分、自分のことのように喜んでくれると思う わ。
あの豪快な笑い声が聞こえてきそう。」
「ああ、本当だ。」
アシュウィンとマナサは、顔を見つめ合って微笑んだ。
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