10 遭遇

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10 遭遇

「ジョディよ。そろそろ、アデリーが見えてくるかの?」  馬上のチャンドラは、並んで馬に乗っていたジョディに聞いた。 「はい、もうすぐだと思います。」 「何だか、凄く久しぶりのような気がするな。」 「本当に長い一日でした。」  ジョディはため息交じりに言った。 「日が沈む前にアデリーに入りたいの。」 「はい。急ぎましょう。」  第2隊の騎馬隊が馬の歩速を上げた時、前方に一騎の騎馬の姿が現れた。 「うん?ジョディ、見えるか?」 「あの騎馬ですか?」 「そうじゃ。あれは、敵か?それとも味方か?」 「木陰になっていて薄暗いので、ハッキリとは……」  第2隊の騎馬隊が一斉に前方の騎馬を凝視していると、その騎馬は騎馬隊の方に近づいて来て、木陰から夕陽の当たる所に移ったために、その姿があらわになった。 「なんじゃ?」  チャンドラはその顔を凝視した。 「わし、目が悪くなったのかな?」 「いえ、違うと思います。あの顔のことですよね?」  ジョディも騎馬の兵士の顔を見て、多少動揺してしまった。  そして、他の騎馬隊の隊員は絶句していた。  その騎馬が夕陽の当たる場所に出てきた瞬間、夕陽が騎馬の兵士の顔を照らし出した。  チャンドラたちは、夕陽に照らされているせいで赤みを帯びているものの、真っ白い顔色の人間が馬にまたがっているように見えたが、よくよく見ると、両目の部分が開いている白い仮面を付けていることが分かった。 「仮面の騎士ってか?何だか、カッコええのう。」  チャンドラは楽しそうに笑った。 「そんなカッコいいものじゃないですよ。なんだか不気味な印象しか受けません。  それに、あの軍服は近衛兵の軍服です。  まさか1人で来た訳じゃないですよね。」  ジョディは嫌な胸騒ぎがした。 「戦ったばかりなのに、また現れたか。今日はもう十分じゃ。  他にも兵士がいるかの?」  さすがのチャンドラもため息をついた。 「みんなっ!疲れているとは思いますが、もうひと踏ん張りしましょう。  他に近衛兵がいないか、辺りを確認してください。」  ジョディは隊員に指示した。 「了解しました。」  隊員は八方に広がって、隊の周りに近衛兵が潜んでいないか探索を始めた。  その間にも、仮面の兵士は、その場を動かずに、ジッと第2隊の騎馬隊を観察しているようだった。  数分の後、近衛兵がいるのか探索していた隊員たちが次々とチャンドラとジョディの元に戻ってきた。 「どうでしたか?」  ジョディは戻って来た隊員に確認した。 「他に近衛兵は見当たりませんでした。」 「私の方もいませんでした。」 「こちらも同様です。」  戻ってきた隊員たちは、口々に近衛兵がいないことを報告した。 「隊長。どうやら、我々の周りにいる近衛兵は、あそこにいる仮面の兵士だけみたいです。  どうしますか?」  ジョディはチャンドラに指示を求めた。 「1人だけか……  そうすると、仮面の兵士に敵意があるのかどうかも分からんな。投降する気かも知れん。  それを確認することが先決じゃ……  そもそも、あやつは男か、それとも女かの?」 「私が言うのもなんですが、ここから見ただけでは性別は分かりませんね。  ただ、私の直感では、女性だと思います。」 「そうか。女の直感は鋭いからの。」 「私が仮面の兵士の性別と敵意の有無を確認してきます。」 「わしらを油断させる罠かも知れん。  護衛を連れて行った方がええぞ。」 「お気遣いには感謝しますが、今日は犠牲者も出ていますし、向こうを警戒させたくもありません。  なので、私一人で行かせてください。」 「……ジョディは言い出したら聞かんからな。  でも、何かあったらすぐに戻って来るんじゃ。よいな?」 「了解しました。」  ジョディは、チャンドラに力強くうなずくと、仮面の兵士に向けて馬を進めた。  警戒しながら慎重に進むと、仮面の兵士から10メートルくらいのところで一旦立ち止まった。  ひとまず、仮面の兵士をよく観察したかったのと、相手の出方を見極めたかった。  馬上の兵士は小柄で華奢だった。そして、仮面を付けているせいで両目しか見えず、その表情はまったく分からなかった。  仮面の鼻孔と口元の部分は呼吸をし易くするためか、メッシュ状になっているようだった。  動きませんか……  あなたは、何故、1人でここにいるのですか?  あなたの目的は何ですか?  ……  ジョディは更に5メートル程近づいた。  やはり、あなたは女性……  私には、あなたが仮面の奥で笑っているように感じます。 「私はラーマの麒麟第2隊副長のジョディといいます。  あなたは何者ですか?兵団の命令でここにいるのですか?」  ジョディは意識して優しい声で尋ねた。 「……」  仮面の兵士は、佇んだままで、ジョディの問いかけには答えなかった。  なんか嫌な予感がするな……  チャンドラは仮面の兵士には関わらない方がいいと本能的に感じた。 「ジョディ!すぐに戻れっ!」 「もう少し時間を下さいっ!あと少しっ!」  ジョディは仮面の兵士を見据えたままチャンドラに答えた。珍しく、チャンドラの命令に従わなかった。  ジョディが仮面の兵士と対峙していると、仮面の兵士はジョディに右手を上げた。  あっ!意思表示をした。  ジョディも反射的に仮面の兵士と同じように右手を上げた。  その様子を見ていたチャンドラは、仮面の兵士がしようとしていることをようやく悟った。  ま、まずいっ! 「ジョディ!!離れろっ!逃げるんだっ!!」  仮面の兵士は、上げた右手の人差し指、中指そして薬指を立てて、曲げた小指を親指で抑えて印を結ぶと、立てた3本の指をジョディの方に向けた。  そして、「オンバサラユタ」とマントラを唱えた。その声色は、高く透き通っていて、女性のそれだった。  その瞬間、仮面の兵士の周りの空気が振動して、立てた3本の指先から爆裂音とともに衝撃波がほとばしり、ジョディに向かって一気に突き進んだ。  そ、そんな……  ジョディは、まさか衝撃波が飛んでくるとは夢にも思っていなかったために、防御が遅れた。 「ぐはっ!!」  衝撃波を全身にまともに受けたジョディは、乗っていた馬とともに吹き飛ばされて、道沿いの崖下に転落した。  崖を転がり落ちている時、ジョディは自分の無防備さを後悔した。 「ジョディ!!!」  チャンドラは慌ててジョディが落ちた崖の所に向かおうとした。  それを見た仮面の兵士は、無言のまま、金色に輝く短剣を懐から取り出すと、地面に向かって3回振り下ろした。  すると、その短剣の切っ先から直視出来ないほどまばゆく青白い光が発生して、その光が地面にぶつかるや否や、ガガガガッと衝撃音が響き渡り、地割れのように地面に亀裂が走った。  その3本の亀裂は、土煙を巻き上げながら、チャンドラと隊員に向かって進んで行った。  チャンドラと隊員が地面の亀裂に気づいた時には、すでに手遅れだった。 チャンドラたちは、馬にまたがったまま、次々と亀裂に飲み込まれていった。  辛うじて、上半身と馬の首だけが地中から出ていた。 「くそっ!地割れを起こすとは……まさか『雷霆隼』を持っているんか?  だとしたら、なんであいつが持っているんだ?」  チャンドラは、亀裂の側面とまたがっている馬の横腹との間に両脚を挟まれて、身動きが取れなかった。  迂闊じゃわい……  チャンドラたちが亀裂から這い出ようと必死にもがいていた時、仮面の兵士は再び印を結んで「オンバサラユタ」とマントラを唱えた。 「こ、こいつ、この状況でマントラを唱える気かっ?  みんな、何とか避けてくれっ!!  頼むっ!!」  チャンドラは、なりふり構わず隊員に叫んだ。  その願いもむなしく、チャンドラたちは仮面の兵士が発した衝撃波の餌食になった。  亀裂の中で身動きが取れないまま、まともに強力な衝撃波を受けたチャンドラたちは、脳を潰されたり、内臓が圧迫されたりして、次々と絶命していった。  僅か1分程の出来事だった。  その後、辺りはすぐに静寂を取り戻していた。  仮面の兵士は、緊張が解けたように「ふっ!」と小さく息を吐いた。  そして、亀裂に落ちたレジスタンスに近づいて、レジスタンス全員を倒したことを確認すると、愛剣の『雷霆隼』を懐にしまった。  その後、仮面の兵士は、空を仰ぐような仕草をすると、何事も無かったように馬に一鞭入れてその場を立ち去った。 ◇  仮面の兵士が立ち去って30分程経った時 「う、ううっ……」  ジョディは、道沿いの崖っぷちに血まみれの右手を掛けて、何とか自分の身体を道端に引き上げた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  道端に仰向けになったまま、すっかり暗くなった空を見上げると、束の間、身体を休ませた。  ジョディは満身創痍だった。呼吸をするたびに全身の激痛が増幅した。  カビーヤに受けた左腕の刀傷、仮面の兵士の衝撃波から受けた上半身の打撲、そして、崖を転がり落ちた際に受けた全身の打撲と裂傷。  こうして生きていること自体、自分でも信じられなかった。  ジョディは、激痛に耐えて、苦悶の表情を浮かべながら上半身を起こすと、ボロボロになった隊服を脱ぎ捨てた。  隊服の下に隠されていた、白くきめ細やかな透明感のあるジョディの肌は、打撲のせいでどす黒く変色して、無数の裂傷を受けて血だらけだった。  隊長たちはどうなったの?  仮面の兵士はどこ?  ジョディは、チャンドラたちが居たと思しきところに首をめぐらせた途端、目を見開いて絶句した。 「なっ!」  月明かりに照らされた、目の前に広がっている凄惨な光景に我が目を疑った。  隊員たちは、口から血を流して動かなくなっていた。  ジョディは変わり果てた隊員たちの姿を受け入れることが出来なかった。  な、なんてこと……  た、隊長はどこ?  ジョディはチャンドラを探した。  ま、まさか……  先の方にいたチャンドラは、仰向けになって、地面に大の字に倒れていた。  まったく動かない。動く気配もない。  いつもの豪快な笑い声が聞こえてこない……  隊長――っ!!!  ジョディは精一杯叫んでみたが、激痛のせいで声にならなかった。  他の隊員も倒れたまま、動く者は誰一人いなかった。  ジョディのつぶらな瞳からは、大粒の涙が一粒二粒とこぼれ落ちて、頬を伝った。  どうして……こんなことに……  あの仮面の兵士に倒された?  私はどうしたらいいの?  月明かりの下で、ジョディは声にならない大声で泣き叫んだ。 ◇  英雄の丘近くの草原にある近衛兵団第5師団の駐留地  夜になって、第5師団の師団長が兵舎に戻ってきた。 「変わりはありませんか?」  馬から降りながら、出迎えた兵士に尋ねた。 「はい。何もありませんでした、師団長。」  出迎えの兵士が答えた。  師団長と出迎えの兵士は並んで歩きながら兵舎内に入った。 「師団長は予定よりも随分とお帰りが遅かったですね。  心配しておりました。」 「ごめんなさい。  管理地域を巡察していたのですが、レジスタンスに遭遇してしまって……」 「えっ?戦闘になったんですか?」 「はい、成り行きで仕方なく。それで遅くなってしまって……」 「大丈夫ですか?倒したんですか?」 「ええ、15、6人でしたから……」   「15、6人って、師団長お1人ですよね?」 「そうですね。」 「そのレジスタンスって、ラーマの麒麟ですか?」 「その内の1人がそう名乗っていましたし、隊服の腕の所に麒麟の紋章が付いていたので、間違いなくラーマの麒麟だと思います。」 「そうですか。  ラーマの麒麟の小隊でここの近くにいる可能性があるのは、チャンドラの第2隊の小隊でしょうか?  でも、第2隊の小隊には第2師団が征討に行ったはずですから、違いますよね?」 「うーん。第2隊かどうかはよく分かりませんでした。  でも、戦闘した後のように、多くのレジスタンスが怪我をしていました。」 「なるほど。戦闘後の状態でしたら、第2隊の可能性も捨てきれませんね。  了解しました。  明日にでも現場に行って確認して参ります。」  怪我をしているって言ったって、15、6人のラーマの麒麟だよな。  この師団長は小柄な女性なのに戦闘力は相当なものらしい……  バシット卿が全幅の信頼を寄せているとの噂は、どうやら本当のようだ。 「マドハ。あなたは中央基地付きだったのに、兵士長として新米師団長の私の下で働くことになって……  何かと苦労を掛けると思いますが、よろしく頼みますね。」 「師団長、お任せください。  私も前線で働くのが希望でしたから。  それに、自分で言うのもなんですが、私は補佐役を長く務めて参りましたから、兵士長の役職は適任だと自負しております。」 「それを聞いて安心しました。  これから一緒に新生第5師団を築き上げていきましょう!」  GDは仮面の奥で笑った。  第2師団が壊滅したこと、そして師団長のバラジが戦死したことをGDやマドハが知ったのは、それから2日後の夜のことだった。
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