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4 近衛兵団第2師団
第2師団200名の部下を率いた師団長のバラジは、馬にまたがり、師団の先頭を進んでいた。
「ふーっ。
カビーヤ、ちょっと、ひとっ走りして、先の方にチャンドラの奴がいるのか偵察してくれるか?」
バラジは、並んで馬に乗っている兵士長のカビーヤに命じた。
「分かりました。」
巨漢で丸顔のバラジとは対照的に細身で面長のカビーヤが愛馬の横腹をひと蹴りすると、愛馬は砂煙を巻き上げながら駆け出した。
カビーヤに任せておけば間違いないが。
バラジは、カビーヤが視界から消えると、隊列の方に振り向いた。
「全軍、ここで小休止だっ!
ふーっ。」
バラジは体の大きさに見合った大声を張った。
そして、どっかと馬から降りると、柄の部分も穂の部分も漆黒に輝いている愛鉾『羅刹黒鯨』を地面に突き立てた。
「了解ですっ!」
第2師団の兵士たちは、緊張から解放され、道端に腰を下ろした。
◇
第2師団の休憩場所から200メートル離れた森の中
アシュウィンとマナサは馬から降りると、木々の間に身を隠しながら近衛兵団を観察していた。
「おそらく第2師団だと思うわ。」
マナサは、近衛兵団に視線を向けたまま、アシュウィンに言った。
「第2師団?」
アシュウィンも近衛兵団を観察しながら応答した。
「ええ。先頭の方に黒い鉾を手にした巨漢の兵士がいるでしょ?師団長のバラジだわ。」
「あれがバラジか……この距離からでも、でかいのがよく分かる。」
「でも、何でこんなところにいるのかしら?
セシルの第4師団がいるんだったら、まだ分かるんだけど……」
「何をしようとしているのか、知ることが出来ないかなぁ。」
「……そうねえ。
あっ、そうか。
いや、でも変ね。」
マナサは独り言をつぶやいていた。
「なになに?」
「アシュウィン。
あの師団の隊列を見て、何か気づかない?」
「えっ?何かって……
俺、今試されている?」
「そうそう。
アシュウィン副長、お気づきになりましたか?」
「うーん。
うーん?
バラジがバカでかいことくらい……」
「師団長のバラジが先陣にいるでしょ?そして、身体的に恵まれて、戦闘力が高そうな兵士長クラスの兵士も先陣に集まっていると思うの。
それとは逆に、しんがりにいる兵士を見て。」
「しんがり?
えーっと……ここからじゃよく分からないけど、小柄で細身の兵士が多いような……」
「そう、正解。
一線級の兵士が隊列の先頭の方にいて、後方には戦闘力が低そうな兵士が集まっている。
と、言うことは?」
「と、言うことはだな、一気に相手を蹴散らす気じゃないか?」
「私もそう思う。超攻撃的な隊列ね。すぐにも突き進んで攻撃しそうな隊列。」
「でもさ、攻撃する相手はどこにいる?
少なくとも、ラーマの麒麟はここにいる俺たち2人だけ。」
「そこなのよ、分からないのは。
標的は何なのかしら……
……あっ、まさか……」
「んっ!何?」
「私たちが本部を出発する前、第2隊のチャンドラ隊長が小隊を率いて幽霊師団の情報の真偽を確認するためにムンベイに向かったの。
近衛兵団がいる街道はムンベイに続いている。」
「チャンドラ小隊を狙っているってこと?」
「その可能性が高いわ。
でも、そうすると、何故、近衛兵団は、チャンドラ小隊がいることを知っているのか……
その情報をどこで得たのかしら?」
「確かにそうだよね。
……そう言えば、バジット卿は千里眼の能力があるんだろ?
その千里眼で分かったんじゃないの?」
「ところが、千里眼はそこまで遠距離を見通せることは出来ないらしいの。
それに、大師は予知夢の能力もあるけど、バジット卿にはないらしいから。」
「うーん。そうなのか……
じゃあ、どういうことなんだろう?」
アシュウィンとマナサは同時に、ラーマの麒麟内に内通者が存在している可能性を否定できないとの考えが頭をよぎった。
ただ、感情的にその存在を認めたくなかったので、互いに口に出すことをためらっていた。
「本当に狙いがチャンドラ小隊なのか、はっきりさせる必要があるわね。」
「はっきりさせるって言っても、どうやって?」
「私にいい考えがあるわ。」
マナサは、そう言うと、アシュウィンに背中を向けて、隊服を脱ぎだした。
「えっ?」
「ちゃんと後ろを向いているのよっ!」
下着姿のマナサはアシュウィンに背中を向けたまま釘を刺した
「はっ、はいっ!」
アシュウィンは慌てて後ろを向いた。
「……いいわよ、アシュウィン。」
そう言ったマナサは、シャツとロングスカートの普段着に着替えていた。
「何でこんなところで着替えたの?」
「地元の女の子として溶け込むためよ。」
マナサは、ポニーテール風に束ねていた黒髪を両手で解きながら、そう言った。
「女の子?」
アシュウィンは眉間にしわを寄せた。
「なんか文句ある?」
マナサは反論を許さないような口調で言った。
「いえ、何もありません。」
「よろしい。
じゃあ、情報を収集して来るわ。
アシュウィンは、ここで待ってて。」
「待ってまーーす。」
アシュウィンは街道に向かって歩いていくマナサに両手を振って見送った。
……ところで、情報収集って、どうする気なんだろう?
そのマナサは、第2師団が休憩している道端に出てくると、ひとまず近衛兵に気づかれないように小走りで横道の奥に隠れた。
気づいていないみたいね……
マナサは横道の岩陰から第2師団の様子をうかがった。
第2師団の近衛兵たちは道端に腰を下ろして小休止しているようだ。
その表情に緊張感はなく、中には談笑している者もいた。
隊列の最後尾にいる兵士を観察すると、その兵士は戦闘経験の少ない若そうな童顔の兵士だった。
その顔には、アゴの右側のところに大きなホクロがあって、それが印象的だった。
マナサは、その童顔の兵士に狙いを付けると、散歩でもしているかのような足取りで横道から現れて、隊列に近づいた。
「兵隊さん、こんにちは!」
マナサは微笑みながら童顔の兵士に声をかけた。
「えっ?」
童顔の兵士は、マナサが声をかけてくると思っていなかったので、両肩をビクッと痙攣させて驚いた。
「驚かせちゃったみたい……ごめんなさい。」
マナサは駆け寄ってきた童顔の兵士に笑顔で答えた。
「いえ、大丈夫です。」
「こんなところまで遠征して来たんですか?」
「ええ、まあ、そうですね。
でも、あまり詳しいことは言えないので。」
「……ですよねぇ。
でも、近衛兵の皆さんがこうして遠征されるっていうことは、この近くにレジスタンスでもいるんですか?
私は地元の者ですけど、レジスタンスを見かけていないので。」
「いや、なんて言いますか、その、はい……」
嘘をつけなさそうな童顔の兵士はマナサにたじろいでいた。
「近衛兵の皆さんがいるので安心だとは思うんですけど、ばったり出会ったりしたら怖いので……
やっぱり、近くにいるんですか?」
「いや、近くにはいないと思いますので、心配しないでください。」
「そうなんですか。
じゃあ、ずっと先の方にいるんですか?」
マナサは追及の手を緩めない。
「……その可能性があるかもしれません。」
「この先だと、ムンベイの方ですか?」
「まあ、はい。」
「そうなんですか。
ここまでやって来たら、やっぱり怖いですよね。」
「大丈夫です。そのために我々がこうして遠征していますので。」
「それは心強いです。」
「僕はあまり頼りにならないですけど。」
「そんな……近衛兵団の兵隊さんは皆さんお強いでしょ?」
「僕は入団して間もないですし、まだまだ半人前なので。」
「新人さんですか。」
マナサは隊列の先頭の方に首をめぐらせた。
「先頭の方にいる皆さんは体も大きくて強そうですね。」
「そうですね。強い兵士は先頭の方にいます。」
「強い順番に並んでいるんですか?」
「……まあ、そんなところです。」
「ところで、レジスタンスって、ラーマの麒麟とか言うレジスタンスですか?」
「……お詳しいですね。」
「当てずっぽうですけど、やっぱりそうなんですか?」
「それは、ちょっと勘弁してください。」
「ごめんなさい。困らせるつもりは無かったんですけど……」
「いえ、大丈夫です。」
「色々とありがとうございました。
任務、気を付けて頑張ってください。」
マナサが笑顔で励ますと、童顔の兵士は顔を赤らめて頭をかいた。
マナサが童顔の兵士から必要な情報を聞き出したところで、近くにいた兵士が2人に近づいてきた。
「おいっ、いつまで地元民としゃべっているんだ。」
「す、すいません。」
童顔の兵士はマナサを振り返ると小さく頭を下げて隊列に戻った。
マナサは胸元で両手を小さく振って返答した。
正直な子ねぇ。近衛兵には向いてなさそう。
……それはそうと、急がないと。
狙いはチャンドラ小隊で間違いないわね。
マナサは急いでアシュウィンが待っている森の中に戻った。
「あっ、マナサお帰り。情報を収集した?
近衛兵と接触したみたいだけど。」
「ええ、聞き出したわ。やっぱり、チャンドラ小隊が狙いみたい。」
「それで、どうする?
ここでケリをつけるのかい?」
「いくらなんでも多勢に無勢よ。私たちだけでは……」
「不意をつけば、勝てそうな気もするんだけど。」
「……一体、どこから来るのよ?その自信。」
「ん?無理?」
「でしょ?
無敵のアシュウィンでも。」
「そうかなぁ。」
「とにかく、一刻も早くチャンドラ小隊に合流して、この状況を伝えないと。
すぐに出発しましょう。」
マナサは、そう言いながら、シャツを脱ぎだした。
「あ、ああ。」
アシュウィンは、慌てて後ろを向くと、出発の準備を始めた。
程無くして、マナサとアシュウィンは馬にまたがると、第2師団を大きく迂回するように森の中の獣道を突き進んだ。
「アシュウィン、くれぐれも近衛兵に気づかれないようにね。」
「任せてくれ。こいつも賢いから、大丈夫だ。」
アシュウィンは愛馬の首筋をポンポンと軽く叩いた。
「もう少し、このまま森の中を進みましょう。
彼らに見つかったら、元も子もないから。」
「了解、了解。
バラジと戦いたかったけど……残念。」
「遠くないうちにその機会が訪れるわ。きっと……」
マナサは意味深に言った。
その後、2人の愛馬は木の根やツタに足を取られながらも懸命に森の中を進んでいた。
細くうねっている獣道のために、さすがの愛馬もゆっくりとしか進めなかった。
その時、しびれを切らしたアシュウィンが、両手の手のひらを前方に向けて、突然口を開いた。
「バキラヤソバカッ!」
「はっ?ちょっと……」
マナサが驚いてアシュウィンを振り返った瞬間、目の前に鬱蒼と茂っていた雑草や立木が、強力な竜巻でも通り過ぎたかのように、悲鳴のような軋む音を立てながら次々と左右になぎ倒されていった。
野鳥のさえずりしか聞こえなかった森の中に、木々が倒れ、草花が折れ曲がる音が騒々しく響き渡り、野鳥は危険を察して慌てて大空に飛び立って行った。
「アシュウィンッ!何やっているのよっ?」
「何って、なかなか進めないから、通り道を作っただけだけど。
第2師団が動き始めたらマズいでしょ?」
「確かにそうだけど、こんなに派手なことをしたら第2師団に気づかれてしまうじゃない。」
「大丈夫だよ。距離的には結構離れているから。談笑中の近衛兵が気づくはずがない。」
「分からないでしょ?バラジが気づくかもしれない……」
「大丈夫、大丈夫。」
◇
小休止中の近衛兵団第2師団
「ん?なんだか森の奥の鳥が騒がしいの。
ふーっ。」
バラジは森の方の空を見上げた。
すると、天に向かって真っすぐ伸びた木々の間から野鳥が一斉に飛び立っていた。
「野生の熊でも出たんでしょうか?木々が折れるような音も聞こえましたか ら。」
側近の兵士が答えた。
「ふーっ。
ここらへんには熊がいるのか?」
「……いませんか?」
「鳥は何に驚いたんだ……にしても、カビーヤはまだ戻らんか。
ふーっ。」
バラジは、愛鉾『羅刹黒鯨』を強く握りしめた。
◇
小休止している近衛兵団第2師団を迂回するために森の中を進んでいたマナサとアシュウィンは、第2師団を遥かに通り過ぎたところでムンベイに続く街道に出た。
「バラジには見つからなかったようだ。よしよし。」
アシュウィンはあっけらかんと言った。
「よしよし、じゃないわよ。アシュウィンは後先考えないで行動しすぎ。」
「俺は本能の副長だから。」
「もう少し、理知的に行動してください、副長。」
マナサは冗談っぽく言った。
「理知的?……俺らしさがなくなる。」
「そんな訳ないでしょ。」
マナサがあきれ顔でアシュウィンを見ていると、前方から馬に乗った男が猛スピードで迫ってきた。
「えっ?あれ近衛兵?」
マナサは愛馬を止めた。
「間違いなさそうだ。」
アシュウィンも止まった。
「横に逸れましょう。あの木の陰に。」
マナサはアシュウィンを連れて木の陰に隠れた。
その細身の兵士はマナサとアシュウィンの2人には目もくれずに通り過ぎて行った。
「凄く急いでいるようね。私たちのこと、気づいたかしら?」
「どうだろう。第2師団の兵士かな……」
「おそらく偵察係ね。チャンドラ小隊が捕捉されてしまったかも知れない。」
「まずいな。」
「ええ、とてもまずいわ。」
◇
1時間前
第2師団の兵士長カビーヤは、周りに気を配りながら、慎重に馬を進めていた。
もう少しでムンベイだ。
そろそろ、捕捉できそうな場所まで来たはずだな。
カビーヤは見晴らしのいい小高い丘に馬を止めた。
馬から降りて道の先の方を見渡すと、20人程の男たちが道端の草原に集まっているところを発見した。
レジスタンスだ。あれだな……
カビーヤは、再び馬にまたがり丘を下りると、見つからないようにラーマの麒麟第2隊の隊員が集まっている草原に近づいた。
物陰からその集団を観察すると、その中にいる、白髪交じりの無精ひげを生やした、がっしりとした体つきの男が、ひと際目を引いた。
あいつ、チャンドラだな……
手にしている槍は確か……『安底羅玄武』だな……
小隊規模とは好都合だ。あの時の借りを返させてもらう。
カビーヤがチャンドラ小隊を偵察していると、小隊は移動する準備を始めた。
「アデリーに戻って、本隊と合流じゃ。」
野太いチャンドラの声が聞こえてきた。
カビーヤはチャンドラ小隊に気づかれないように踵を返すと第2師団の元に急いだ。
来た道を全速力で戻っていると、同じく馬にまたがった男女が視界の端に飛び込んできた。
んっ?
カビーヤは、後ろを振り返って確認しようとしたが、視界に捉えることが出来なかった。
今の2人、剣を持っていたかな?
まさか、レジスタンスか?
まあ、いい。師団長に報告することが最優先だ。
◇
小休止中の近衛兵団第2師団
早馬のカビーヤが偵察から戻ってきた。
「ふーっ。
おっ、カビーヤが戻ってきたが。」
岩に腰を下ろしていたバラジは、カビーヤに気づくとゆっくりと立ち上がった。
「師団長、戻りました。」
カビーヤは馬から飛び降りた。
「どうだったが?チャンドラの奴はいたか?」
「はい、確認しました。ここから10キロ位先の草原にいました。」
「ふーっ。
規模は小隊規模か?」
「はい。情報通り、20名の小隊でした。」
「よーし。奴らが移動する前に叩き潰す。
全軍、出発だがっ!
ふーっ。」
バラジは愛鉾の『羅刹黒鯨』を天高く掲げた。
チャンドラよ……3か月前に受けた、この傷の借りを必ず返すが。
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