6 両雄、再び

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6 両雄、再び

 現在  ムンベイへ続く道を進むアシュウィンとマナサ。 「あっ!前方にいる騎馬隊はチャンドラ隊長の小隊じゃないか?」  アシュウィンは愛馬から身を乗り出すように前方を見つめた。 「幽霊師団を見つけたのかな?」 「どうかしら。とにかく急ぎましょう。」  マナサは愛馬の速度を上げた。 「しっかし、幽霊師団はどんな兵士たちなんだろう?」 「そうねぇ……それが分からないから、幽霊なんてあだ名が付いているのよね。」 「捕捉が出来ないなんて、こそこそと隠れて行動しているのかな?」 「ええ。隠密部隊であることには間違いないわ。  重要なのはその目的。」 「目的?」 「そう。諜報活動が目的なんだろうけど、具体的にどのような活動をしているのか……  私たちはそれが知りたい。」 「チャンドラ隊長、それを掴めたんだろうか。師団長のガザンと接触出来たのかな。  ……マナサはガザンを目撃したことがあるの?」 「ううん、ないわ。  どんな人物なんだろう。  みんな好き勝手に想像しているけど……」 「マントラの能力は俺と同じ念動力を使うんだよね?」 「そうそう。意外とアシュウィンに似ていたりして……」 「そんなこと……もし似ていたら、なんだか複雑な心境だよ。」 「でも、もし、もし仮によ、アシュウィンと同じマントラの能力があって、外見なり、性格なりがアシュウィンに近かったら、血筋が近い可能性も捨てきれないわ。」 「ええっ?  俺、どんな反応したらいいんだよ?」 「それはそれよ。ガザンが目の前に現れたからと言って、アシュウィンはアシュウィン。  何も変わらないでしょ?」 「そうだな。俺は何も変わらない。」 「うん。アシュウィンのまま……」 「自然体だな。」 「そう、自然体よ。」  アシュウィンとマナサは馬の速度を上げた。 ◇  王都アデリーへの帰途に着こうとしているチャンドラ小隊。 「ん?前から早馬が来るな。あれは身内だな?」  チャンドラは横にいるジョディに話しかけた。 「はい。  あの人影は恐らく、マナサ隊長とアシュウィン副長だと思われます。」 「マナサ?何でこんなところに居るん?  英雄の丘に行くんじゃなかったのか?」 「そうなんですか?」 「そのはず……」  チャンドラとジョディが思案している間もなく、アシュウィンとマナサが到着した。 「マナサ、どうしたんじゃ?突然現れて?」 「チャンドラ隊長、近衛兵団がこちらに攻めて来ます。  それを早く伝えたくて。」 「近衛兵が?まさか幽霊師団じゃないじゃろ?」  チャンドラはマナサに尋ねた。 「幽霊師団を見つけたんですか?」  アシュウィンは興味津々の表情でチャンドラに聞いた。 「残念ながら、おらんかったわ。  人違いじゃ。近衛兵でもなかった。」 「全然別の人がいたんですか?」 「ああ、そうらしい。わしは見ておらん。会ったのはジョディじゃ。  わしらと同業のレジスタンスがいたらしい。」 「そうなんですか。別の組織がいたんですか。  そのうち、協力して戦うことがあるんですかね?」 「ああ、そう遠くないうちに共闘する日も来るかも知れんな。  同じ目的を持つ組織同士、協力することは自然の流れじゃ。」 「そうですね。それも楽しみです。」  アシュウィンは頷いた。 「幽霊師団にお目にかかるチャンスは、またあるじゃろ。」 「残念だけど、仕方ないですね。」  アシュウィンは若干肩を落とした。 「それで、マナサ隊長。  攻めて来ている師団というのはどの師団でしょうか?」  ジョディが話を戻した。 「ええ。バラジの第2師団よ。」 「第2師団?なんで第2師団がここに来るんじゃ?」  チャンドラは首をひねった。 「……こちらの情報が向こうに漏れている可能性を否定できません。」  マナサが神妙な表情で答えた。 「漏れておるって、マナサ……」 「証拠がある訳では無いんですが……取りあえず、この話はまたの機会に。  今は第2師団の対応を考えなければなりません。  私と副長は英雄の丘に向かう途中、偶然第2師団を捕捉したのですが、狙いは第2隊で間違いありません。」 「ほう、ワシらか?」 「向こうにとっては、遺恨があるでしょうから。」  ジョディが口を開いた。 「遺恨?」  アシュウィンがジョディに聞いた。 「はい。我々は3か月前に一度剣を交えています。」 「あの時は、バラジの奴が命拾いしたんじゃ。  今度はそうはいかんぞ。」  チャンドラがジョディの後を継いだ。 「チャンドラ隊長、応戦する考えですか?」  マナサは驚いた。 「おめおめと逃げられんじゃろ?」 「相手は200人の一個師団です。  いくらなんでも多勢に無勢です。」 「10倍の戦力か。なかなか手強いの。」 「手強いとかのレベルじゃないですよ。」 「よぉし、闘志が湧きまくりだ。」  アシュウィンはマナサの横で戦う気満々になっていた。  また病気が始まった……  マナサは呆れ顔でアシュウィンを見つめた。 「おっ、マナサ隊長とアシュウィン副長も手を貸してくれるんか。  心強いのう。」  チャンドラは大きな手のひらでアシュウィンの肩をむんずと掴んだ。 「当然じゃないですか。  ねっ、隊長?」  アシュウィンはマナサに同意を求めた。  まったく…… 「遺恨のある相手との戦力差のある戦い。  精度の高い作戦が必須です。  作戦の当否が勝敗を左右します。  どのような作戦をお考えでしょうか?  間もなく第2師団が現れます。時間がありません。」  マナサはアシュウィンとチャンドラをたしなめるように迫った。 「さ、作戦と言ってもなぁ。」  チャンドラとアシュウィンは顔を見合わせて頭をかいた。  ………… 「……と、まあ、こんな作戦でいこうと思っとる。」  チャンドラはマナサの顔色をうかがいながら説明した。 「どうじゃ、アシュウィン?」 「いいですね。それでいきましょう。負ける気がしない。」  アシュウィンにはネガティブな思考回路が欠落している。 「マナサ隊長、いいよね?」 「作戦……って言うのかしら。  でも、百戦錬磨のチャンドラ隊長がお考えのことですから、私も全力を尽くします。」 「よう言ってくれた。」  チャンドラは満足そうに笑った。 「はあ。」  マナサも愛想笑いをした。  本能で戦っている、似た者同士のチャンドラ隊長とアシュウィンの2人が組むと止めることは不可能ね。 「ジョディ、あなたも色々と大変でしょう?」  マナサは、イケイケの隊長の下で副長を務めているジョディに同情した。 「えっ?もう慣れっこです。  でも、こうして命を落とさずにいますから、今までのチャンドラ隊長の指示や判断は結果的に正しかったんです。  これからもそうだと私は信じています。  なので、今から始まろうとしている分の悪い戦いにも不安はありません。」 「不安は無いの?本当に?」 「……少々言いすぎました。」  マナサとジョディは声を出さずに笑った。  その直後、前方に近衛兵団第2師団の兵士の人影が現れたかと思うと、見る見るうちに大きくなってきた。 「よっしゃあ。全員、配置に着くぞっ!  騎馬隊は、わしら4人の後ろについて、後方支援じゃ!」  チャンドラは部下の隊員に叫んだ。 「はっ?どう言うことですか?我々も先頭に立って戦いますっ!」  騎馬隊の隊員から疑問の声が上がった。 「その気持ちだけで十分だ。マナサ隊長の命令に従ってしっかり後方から支援してくれ。」 「お言葉ですが、4人で一個師団を相手にするなんて……」 「無謀か?  あんな奴らはわしら4人で十分じゃ。  ただ、勝負は時の運じゃから、何が起こるか分からん。  わしらが安心して戦えるように、後方から支援をしてくれ。  頼むぞっ!」 「了解しましたっ!!!」  隊員たちは異口同音に叫んだ。 ◇  ムンベイに向けて進軍中の第2師団。 「ふーっ。  奴ら、ムンベイの町中に入り込んで姿をくらますことは無いが?」  馬上のバラジは、隣のカビーヤに訊いた。 「それはないはずです。チャンドラがアデリーに戻ると言っていましたから。」 「よし。この傷の礼をさせてもらう。」 「相手は小隊ですから、チャンドラ以外は私と部下が引き受けます。  師団長はチャンドラに集中してください。」 「そうさせてもらう。  我々は数で圧倒しているが油断は禁物だが。  カビーヤ、特にあの華奢な副長には要注意だ。」 「はい。注意いたします。」  カビーヤは、3か月前に対戦したジョディの剣さばきを思い出していた。  最初に剣を交えた瞬間、身体つきも小柄で威圧感を感じなかったが、徐々に圧倒されて、気が付けば追い込まれていた。  無意識のうちに、あいつの間合いの中に取り込まれていたようだった。  何なんだろう……特殊な能力でも持っているのか?  ……今さら思案してみてもしょうがないな。  どっちに転んでも、今日で勝負がつくことに変わりはない…… 「カビーヤ、どうしたが?大丈夫か?」  バラジの声がカビーヤを現実に引き戻した。 「あっ、すみません。向こうの副長のことを考えていました。」 「ジョディって言う名前だったか?」 「はい。  独特の雰囲気があるんですよね。妙に気になってしまって……」 「大丈夫だ。戦闘力はお前の方が上だ。  案ずるに及ばんが。」 「はい、ありがとうございます。」 「とっとと、始末をつけるが。」 「そうですね。  師団長、見えてきましたよ。」 「うん?」 「前方にラーマの麒麟第2隊の小隊です。」 「チャンドラの首を取らせてもらう。ハンスやセシルに大きな顔をさせんがっ!  ふーっ。」 「……あれっ?」 「カビーヤ、どうした?」 「偵察した時には、確か女性はいなかったのですが。  あの女性は……」 「女?  あれはマナサか……」 「マナサって、第3隊の隊長ですよね?  どこにいたんだろう……どうしてここにいるんだろう……」 「ふーっ。  この際、細かいことは捨て置け、カビーヤ。  飛んで火にいる何とかだ。隊長級が1人増えたところで、こちらの数の優位は変わらんが。  2人の隊長を仕留めて、一石二鳥だがっ!」 「はい。  第3隊の隊長の使うマントラは、確か結界の領域を作るマントラですよね?  それであれば、マントラを使えない私には効果がない。  恐れずに数の力で押し切ります。」 「それでこそ、我が師団の兵士長だが。  ……おっ!もう1人、面白そうなやつがいるぞ。」 「面白そうなやつですか?」 「ああ。あの若い男、アシュウィンとか言ったな。カダクの戦いの時、あと少しまでセシルを追い詰めた奴だが。  あやつもマントラを使う、一族の人間だ。」 「マントラの能力を持つ人間が更にもう1人……」 「カビーヤ、マントラを使える人間が1人や2人現れたところで、状況は大きくは変わらん。  戦力にものを言わせて短時間で勝負を決めるが。」 「はい。了解です。」  ……そうか。  さっき戻って来る時、通りすがりに見かけた二人連れがマナサとアシュウィンだったのか。  俺としたことが、少々迂闊だったな。  第2師団が暫く進軍していると、前方の道沿いの草原にいる人影が視界に入ってきた。 「師団長、あそこです。  レジスタンスのラーマの麒麟です。チャンドラです。  こちらを見つけても、慌てる風はないですね。」  カビーヤの言葉にバラジはゆっくりとうなずいた。 「3か月前のあの時と変わっておらんな、チャンドラよ。  よくぞ生きていてくれた。感謝するぞ。俺がこの手で倒すことが出来るが。  ふーっ。」 ◇  王都アデリーと港町ムンベイを結ぶ街道沿いの草原。  アデリーから進軍してきた、近衛兵団第2師団200名は草原に踏み入ると、師団長バラジを中心として、細長いV字型に陣形を整えた。  その第2師団を迎え撃つラーマの麒麟第2隊の騎馬隊20名。  そして、アシュウィンとマナサの2人。  バラジは、愛鉾『羅刹黒鯨』を頭上で勢いよく4、5回回すと、チャンドラに向かって叫んだ。 「小隊規模ながら、逃げ出さずにいることは褒めてやるがっ!  ただ、その無謀さが命を落とすことを教えてやるっ!  チャンドラ、今日こそお前と決着をつけるがっ!  ふーっ。」 「お前は図体の割にはネチネチとしつこい奴よのう。わしに返り討ちにされるだけぞっ!  戦いは数じゃないことを教えてやるわい。」  チャンドラは、愛槍『安底羅玄武』を構えて、戦闘態勢を取った。  チャンドラの隣にいるマナサは、静かに愛剣『真達羅朱雀』を抜いて構えた。
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