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7 20対200
さすがに数の差がありすぎるわね……
近衛兵団第2師団200名と対峙したマナサは多少の不安が頭をよぎった。
傍らにいるアシュウィンを横目で見ると、剣を構えて、戦いたくてうずうずしているように見えた。
「アシュウィン、確認するけど、自分の役割を分かっているわね?」
「大丈夫だ。この人数差、自分の役割を全うしないと勝てない。
俺が止めて、マナサが討つ。だろ?」
アシュウィンはマナサに微笑んだ。
マナサはアシュウィンの笑顔を見ると気持ちが奮い立った。
いつも勇気づけられちゃう。不思議……
それにアシュウィンは精神的にも成長しているようね……
そのアシュウィンは、珍しく、頭の中で戦い方をシミュレーションしていた。
よーし……
チャンドラ隊長がバラジと心置きなく戦えるように、近衛兵の動きを止める。
動きを止める。必ず止めて見せる。
俺の失敗は隊員の死を意味する。
アシュウィンが戦い方をイメージしている時、第2師団が動いた。
隊列の先頭にいたバラジは、はやる気持ちを抑えることをせずに、馬の速度上げながら、チャンドラめがけて突き進んだ。
「カビーヤッ!あとは任せたがっ!」
バラジは、左手で手綱を握ったまま、『羅刹黒鯨』を振りかぶった。
チャンドラ以外は眼中に無かった。
それを凝視していたチャンドラは、馬を駆って、バラジに向かって行った。
そう簡単に斬撃波を打たせんぞっ!
チャンドラは、一気に間合いを詰めて、接近戦に持ち込もうとした。
「望むところだがっ!」
バラジは『羅刹黒鯨』を持ち直すと接近戦に備えた。
斬撃波だけに頼ったら勝てん……
チャンドラとバラジの2人は、それぞれの『安底羅玄武』と『羅刹黒鯨』を剣のように操り、馬上で激しく叩き合わせた。
『安底羅玄武』と『羅刹黒鯨』がぶつかり合うたびに閃光が走り、雷鳴のような衝撃音が「ドォガァァァンン」と鳴り響いた。
◇
チャンドラとバラジが槍と鉾を交えたその時、マナサたちも作戦行動を開始した。
「マナサ隊長。では、私は作戦通りに兵士長を狙います。」
ジョディは馬をカビーヤの方に向けた。
「武運を。
アシュウィン副長、ジョディ副長の援護をお願いします。」
「了解だ。」
アシュウィンはジョディと並んで、馬を進めた。
「ジョディ、前に第2師団の兵士長とは戦っているんだろ?」
「はい。3か月前に。」
「その時はどうなったんだ?」
「結構追い込んだと思っていたんですが、私が隙を見せたせいで、その場から逃げられてしまいました。」
「今日で決着をつけられそうだな。」
「はい。白黒つけます。」
「他の近衛兵は引き受ける。
心置き無く、兵士長と戦ってくれ。」
「ありがとうございます。」
ジョディは、アシュウィンと話していた穏やかな表情から一変して真剣な表情になると、兵士長のカビーヤの前に立ちはだかった。
「また、剣を交えることになりました。」
「この前とは戦力がまるで違う。同じようにはならないぞ。」
カビーヤは剣を構えた。
カビーヤの背後には、200名の兵士が控えていた。
50名の騎馬隊の後ろに50名の弓矢隊。
さらにその後ろに100名の歩兵隊の姿があった。
ジョディは200名の近衛兵を前にしても全く臆することはなかった。
アシュウィンがジョディの後方で近衛兵を見渡していると、第2隊20名を引き連れたマナサが指示を出した。
「アシュウィンッ!騎馬隊を抑えてっ!」
「騎馬隊だな?任せろっ!」
アシュウィンは、目を閉じて両手の手のひらを広げると、大きく深呼吸した。
すると、アシュウィンの両手は黄金色に光り輝き出した。
「バキラヤソバカッ!」
アシュウィンはマントラを叫ぶと同時に第2師団の騎馬隊に向かって両手を向けた。
「何っ?師団長と同じマントラか?」
カビーヤはアシュウィンの顔を見て思わず叫んだ。
そして、背後に控えている騎馬隊の兵士が、喘ぎ、唸り声を上げている気配が手に取るように伝わってきた。
くそっ。動きを止められたか。
カビーヤは、後ろの状況を確認したかったが、目の前のジョディと間合いを取って対峙しているために、振り返ることが出来なかった。
「カビーヤさん。馬から降りて剣を交えませんか?
この前は途中でいなくなられたので、勝負がお預けになっています。
いかがですか?」
ジョディはカビーヤの返答を待たずに馬から降りた。
「前回は不本意ながら途中で勝負を降りたからな。俺にも忸怩たる思いがある。
受けて立とう。」
カビーヤは、師団の状況を気にしながらも、馬から降りた。
ジョディは、ゆっくりと剣を抜くと、カビーヤが馬から降りて剣を構えるのをじっと待っていた。
馬から降りたカビーヤは、ジョディを見据えたまま、ゆっくりと剣を抜いた。
2人は、向き合うと、それぞれ中段に剣を構えた。
その頃、全体の戦況を確認したマナサは、馬上から騎馬隊に命じた。
「ここの15名はジョディ副長とアシュウィン副長を近衛兵の弓矢隊の攻撃から守ってください。防御に専念です。
そして、残りの5名人は、近衛兵の騎馬隊から距離を取って、矢で攻撃してください。」
マナサはそう命じると、単身、100名の歩兵隊に向かって突き進んだ。
第2隊の騎馬隊15名は、アシュウィンとジョディの周りで防御態勢を取った。
◇
近衛兵団第2師団の騎馬隊
「か、身体が動かんっ!」
「ああ、馬も動かないぞ。」
「どうなってんだ?」
「恐らく、マントラだっ!」
砂漠の砂の中に身体がすっぽりと埋まってしまったかのように、全方向から見えない力に抑えつけられて、第2師団の騎馬隊は戦闘力を奪われた。
身体を動かせない騎馬隊の隊長が、前を向いたまま、後続の弓矢隊の隊長に叫んだ。
「どうやら、マントラに動きを封じられた。弓矢隊も動けないのか?」
「こちらは数人動けない者がいるが、他の者は影響ない。
反撃に出る。マントラを使っているレジスタンスを射抜く。
動ける全隊員っ!ここから離れて弓を構えろっ!」
「了解ですっ!!」
マントラに捕まっていない弓矢隊は、第2師団の隊列から離れると、光り輝いている両手を第2師団の騎馬隊に向けているアシュウィンに狙いをつけた。
「あいつだ。マントラを使っているレジスタンスはあいつだ。
一斉射撃する。全員、構えろっ!」
第2師団の弓矢隊隊長が号令をかけた。
第2師団の弓矢隊50名はアシュウィンに向けて弓を構えた。
「撃てーっ!」
弓矢隊隊長の号令一下、隊員はアシュウィンめがけて一斉に矢を放った。
放たれた50本の矢は、空を切り裂きながら、緩やかな弧を描いてアシュウィンに襲いかかった。
「マ、マジかよっ!」
アシュウィンは、マントラを発動している両手を動かすことが出来ずに、空から降ってきた矢の餌食になりかけていた。
その時、第2隊の騎馬隊15名が盾を立てて、アシュウィンの前に集結した。
直後、「ガガガガガガッ!」と音を立てて、降り注ぐ矢が次々と盾に突き刺さった。
「アシュウィン副長、大丈夫でしたか?
矢を受けなかったですか?」
「ありがとう、助かったよ。
大丈夫。何ともない。」
「近衛兵をあのまま抑え付けていられるのは、あとどれくらいですか?」
第2隊の騎馬隊の隊員が盾でアシュウィンを守りながら聞いてきた。
その間にも、矢が次々と豪雨のように降り注いでいた。
「わ、分からん。あれだけの人数を相手に念動力を使った経験がないんだ。
2、30分持つかも知れないし、もうすぐに解けてしまうかもしれない……」
「我々の騎馬隊が近衛兵の騎馬隊を攻撃できる時間が必要です。」
「ああ、承知している。承知しているが、保証は出来そうにない。
素早く攻撃してくれっ!」
アシュウィンは攻撃要員の第2隊の騎馬隊5名に向かって叫んだ。
「了解ですっ!」
第2隊の騎馬隊5名は、近衛兵団の弓矢隊とは反対方向に回り込み、すぐさま弓を引くと、アシュウィンのマントラに動きを封じられた近衛兵団の騎馬隊に矢を放った。
放たれた矢は、止まっている的を射るように、いとも簡単に近衛兵に命中した。
「よしっ!その調子だ。
仕留める必要はない。戦意を喪失させればいいんだ。」
アシュウィンはマントラの効果を持続させるために全神経を集中させていた。
そのために、額と背中からは滝のような汗が流れ落ちた。
第2隊の騎馬隊5名は、間髪入れずに弓を引き続けた。
放たれた矢は次々と近衛兵団の騎馬隊に襲いかかった。
矢を射られた近衛兵団第2師団の騎馬隊は恐怖心に打ちのめされて、言葉を発することさえ忘れていた。
身体の自由が利かない状態で迫りくる矢を受けることは、心が折れてしまう理由としては十分だった。
「そろそろ……限界だ……」
アシュウィンの両手の光量がみるみる少なくなって、光が消え入りそうになっていた。
「マントラが解けそうだ……
みんな、注意してくれっ!」
アシュウィンはフラつきながらマントラを解いた。
その瞬間、近衛兵団第2師団の騎馬隊は、砂漠の砂の中から地上に引き上げられたように、全身にまとわり付いていた圧力から解放された。それと同時に、矢が刺さった激痛が一気に湧き上がってきた。
「うごっ!」
「ぐはっ!」
「ぎゃあっ!」
矢を射られた近衛兵団第2師団の騎馬隊の隊員たちは、1人また1人と落馬して、地面でのた打ち回った。
まったく反撃できる状態ではなかった。
◇
近衛兵団第2師団の歩兵隊100名の前に躍り出たマナサ。
乗っている愛馬にもマナサの緊張感が伝わったかのように、愛馬は鼻息荒く興奮状態だった。
戦闘力が高い歩兵は前列にいるはず。そこを叩けば戦意を奪うことが出来る。
効果的に戦わないと勝つ見込みがない……
マナサは、歩兵が身構えるよりも早く、愛剣『真達羅朱雀』を下段に構えて、愛馬の右側に身を乗り出すと、愛馬を走らせながら攻撃体勢を取った。
『真達羅朱雀』は愛馬の揺れに合わせて刀身を振動させると、朱色の切っ先が空中に残像の曲線を描き始めた。
マナサは、愛馬の背の横に身を乗り出したまま、狙いを付けた歩兵に向かって『真達羅朱雀』を僅かに振り込むと、『真達羅朱雀』は、マナサの手の動作を数倍に増幅させて大きくしなると、歩兵に斬りかかった。
『真達羅朱雀』の作り出す美しく妖しい曲線に心を奪われていた兵士は、気が付くと『真達羅朱雀』の刃に倒されていた。
愛馬にまたがったマナサが通り過ぎると、近衛兵の歩兵がバタバタと倒れていった。
マナサは、獲物の群れを追う獅子さながら、歩兵の中を駆け抜けながら『真達羅朱雀』を振り続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
さすがにこれだけの歩兵を相手にすることは簡単じゃないわね……
マナサは、15、6人の歩兵を倒すと、歩兵の隊列から一度抜け出した。
呼吸と体勢を整えて、再び隊列の中に斬り込もうとした時、無数の矢が空を切り裂いて、頭上からマナサに襲いかかってきた。
気づくのが早いわね。
マナサは、愛馬を素早く移動させながら、降り注ぐ矢を『真達羅朱雀』で払い落とした。
「レジスタンスの好きにはさせんぞっ!」
歩兵の1人が、持っていた剣を槍代わりにして、マナサめがけて投げ込んだ。
「これでも喰らえっ!」
渾身の力を込めて投げ込んだ剣は、その重量のせいで低い軌道になって、マナサの愛馬の尻に当たった。
マナサの愛馬は、驚いて一鳴きすると、前足を高く蹴り上げて跳ねた。
そのせいで、乗っていたマナサは、矢を払い落とすことに気を取られていたこともあって、愛馬から振り落とされてしまった。
「きゃっ!」
突然どうしたの?
ん?
あ、これのせい……
マナサは、足元に落ちていた近衛兵の剣を見つけると、慌てて愛馬の負傷箇所を探した。
お尻に刺し傷が付いている……傷は浅そう……
これだったら、大丈夫ね。
「いい子、いい子。落ち着いて。大丈夫。」
愛馬を落ち着かせていたマナサは、背後に殺気を感じて振り向いた。
そこには20人位の近衛兵団の歩兵がいて、マナサを取り込んでいた。
えっ、予想以上に機敏ね……
不利になりそうな状況を回避するために、慌てて愛馬にまたがろうとした時、再び無数の矢がマナサに襲いかかった。
「嘘っ!」
避けきれないっ!
マナサは『真達羅朱雀』を構えようとしたが、陽の光を反射して銀色に輝いている矢が目前まで迫って来ていた。
マナサが諦めかけた瞬間、時間の流れが止まったかのように、襲いかかって来た矢が空中に浮いたままで制止した。
その直後、宙に止まっていた矢は、バラバラとマナサの足元に落ちた。
マントラ?アシュウィン?
マナサはアシュウィンの姿を探した。
すると、第2隊の騎馬隊を引き連れたアシュウィンがマナサの後方でマントラを唱えていた。
「マナサッ!大丈夫か?」
「ありがとう、アシュウィン。助かった。」
「100名の近衛兵の中に独りで飛び込むなんて、無茶だよ。」
「そうね。でも、この戦力差を埋めるためには、多少の無理をしないと埋まらないわ。」
「そうかもしれないけど、マナサが無理をする必要はないんじゃない?」
「私だからするのよ。隊長だからするの。」
「……」
アシュウィンは二の句が告げなかった。
「アシュウィン、弓矢隊をお願い。
弓矢隊を討つことが出来れば、勝機が出てくるわ。」
マナサは、弓矢隊の対処をアシュウィンに託すと、歩兵隊の隊列に戻った。
「ああ、そのつもりだ。」
アシュウィンはマナサの背中に声を掛けた。
……そうは言ったけど、騎馬隊相手に結構体力を使っちまったから、弓矢隊の動作まで操るのは無理っぽいな……
アシュウィンは引き連れている第2隊の騎馬隊の隊長を呼んだ。
「はい。ここにおります。」
騎馬隊の隊長が進み出た。
そうしている間にも、近衛兵団第2師団の弓矢隊は、攻撃の矛先をマナサからアシュウィンたちに変えて、矢を射ってきた。
数名の騎馬隊の隊員は、避け切れずに矢を受けて、落馬していた。
「クソッ!
負傷した隊員はすぐに戦列から離れるんだっ!
近くにいる隊員は援助をしてくれっ!」
貴重な戦力をこれ以上失ってたまるかっ!
アシュウィンと騎馬隊の隊長は、飛んでくる矢を盾で防ぎながら、打ち合わせをしていた。
アシュウィンは、飛んできた1本の矢を剣で叩き落としながら、騎馬隊の隊長に指示した。
「俺があの弓矢隊の弓を使えないようにするから、その後に攻め込んでくれ。」
「分かりました。」
「用意はいいか?」
「はい。いつでもよろしいです。」
うなずいたアシュウィンが両手の手のひらを広げると、アシュウィンの両手は黄金色に輝き出した。
「バキラヤソバカッ!」
アシュウィンは第2師団の弓矢隊に両手を向けてマントラを叫んだ。
そうすると、弓矢隊が手にしてきた弓が、その手を振りほどくように離れて、空高く舞い上がった。
「うわっ!」
「ゆ、弓がっ!」
「勝手に!」
第2師団の弓矢隊の兵士は、為す術なく、ただただ弓が突然自らの手を離れて宙に飛んでいくのを眺めていた。
宙に飛んだ弓は、大きな放物線を描いてアシュウィンの足下に落ちてきた。
第2隊の騎馬隊は、隊長を先頭にして雄叫びを上げながら、弓を失った第2師団の弓矢隊の隊列めがけて突き進んだ。
「うおーーっ!」
「ふーっ。我ながら上手くいったな……」
アシュウィンは、第2師団の弓矢隊に攻め入った第2隊の騎馬隊の後ろ姿を見守りながら、呼吸を整えていた。
弓を取られて丸腰になった第2師団の弓矢隊には、第2隊の騎馬隊の進撃を防ぐ手立てがなく、散り散りに敗走し始めていた。
「まずいっ!後退だっ!」
よしっ!騎馬隊は大丈夫だな。任せよう。
マナサに加勢だっ!
アシュウィンはマナサの方に馬を向けた。
「マナサッ!加勢に来た!」
「アシュウィン、弓矢隊は倒せたの?」
『真達羅朱雀』を手にしたマナサの周りには、第2師団の歩兵が折り重なるように倒れていた。
「ああ、大丈夫だ。騎馬隊が追い込んでいる。」
アシュウィンは拳を握り締めて答えた。
その時、アシュウィンの後頭部めがけて1本の矢が飛んで来ていた。
「危ないっ!」
マナサはそう叫ぶと、アシュウィンの後方めがけて、力の限り、盾を水平に投げつけた。
その盾は、クルクルと勢いよく横回転しながら、アシュウィンのすぐ側をかすめて飛んで行くと、アシュウィンに向かって飛んでいた矢にぶつかった。
バキッ
「あ、ありがとう。気が付かなかった……」
アシュウィンは、地面に落ちた、矢が突き刺さった盾に視線を移しながら言った。
「アシュウィン。歩兵隊の主力を倒しているから、士気が大幅に下がっているわ。
あと少し倒せば、私たちが周りを走り回っているだけで他の歩兵は逃げ出すと思う。」
「そうか。
主力は前の方だな?任せてくれ。」
アシュウィンは、躊躇すること無く、剣を構えて切り込んで行った。
主戦級の歩兵に対して、一見、馬上から闇雲に剣を振り回しているように見えるが、相手の隙をついて、防具の無い部分を正確に攻撃していた。
まるで暴れ回る嵐みたいだけど、動作に無駄が無い……すごく成長しているのね。
じゃあ、私は中団から後方を……
マナサはアシュウィンとは反対の方向に馬を向けた。
歩兵隊の中団にいる兵士の中でも戦闘力の高そうな兵士を倒しながら、後方に移動した。
戦闘力の高い兵士は、自信家が多くて、自ら攻撃してくるから、分かりやすい。
マナサが中団の兵士を倒しながら歩兵隊のしんがりの所まで来た時、しんがりにいた兵士が斬りかかってきた。
「うおーーっ!」
しんがりの兵士は、剣の扱いに慣れていないのか、重たそうに振り上げた剣を、よろけながら力なく振り下ろしてきた。
「えっ?」
マナサは、後方の兵士ほど戦闘力も士気も低いと分析していたので、しんがりの兵士が斬りかかってきたことに少しばかり驚いた。
しんがりだからって、無くはないわね。
マナサはそう思いながら『真達羅朱雀』で斬りかかってきた剣をいとも簡単に振り払うと、しんがりの兵士に斬り付けた。
ところが、マナサは振り下ろした『真達羅朱雀』を兵士の胸元スレスレのところで止めた。
「あれっ?あなた……」
しんがりの兵士は、観念したように肩をすくめて、目をつぶっていた。
「さっきの兵隊さん……」
マナサは寝ている子を起こすような優しい声で話しかけた。
聞き覚えのある声に反応して、しんがりの兵士は、恐る恐る目を開いた。
「あ?あなたは、僕たちが休憩していた時に現れた地元の……」
「……騙してごめんなさい。
この通り、本当は地元の人間じゃないの。」
「レジスタンスだったんですか?」
「ええ、そう。あなたとは敵同士。
でも、兵隊さん。あなたは若いんだし、命を粗末にするものじゃないわ。」
「ぼ、僕はこれでも近衛兵ですから。」
しんがりの兵士は虚勢を張った。
「私は、あなたのことをよくは知らないけれど、直感的にあなたは素直過ぎると感じるの。
素直すぎる性格は、戦場では命を危険にさらす可能性が高くなる。
あなたには近衛兵以外に生きる道が必ずあると思う。」
「こんな場所でそんなことを言われても……」
「確かにそうね。
でも、ここで命を落とす必要は無いでしょ?」
「まあ、はい……」
「さっきの私の一振で、近衛兵としてのあなたは戦死したのよ。
これからは別の人生を歩んでほしい。」
「……別の人生、ですか。
……そうですね。」
「今はしんがりにいるんだから、怪我をしないように隊列から少し離れていなさい。」
「……そうします。」
しんがりの兵士は、マナサの指示に素直に従った。
「私はラーマの麒麟のマナサ。
あなたの名前は?」
「僕の名前はアンシュ。アンシュです。」
「そう。
アンシュ、戦場であなたと会うことが二度と無いように祈っているわ。」
「はい。
じゃあ、これで失礼します。いいですか?」
「ええ。早くこの場から離れて。」
マナサはアンシュの右肩をポンッと軽く叩いた。
その瞬間、マナサの右手とアンシュの右肩に、強い静電気のような衝撃が走った。
「痛っ!」
「痛っ!」
2人は同時に声を上げた。
「静電気かしらね?」
「そうみたいです。」
「さあ、アンシュ、お行きなさい。」
「はい。じゃあ……」
アンシュは軽く会釈すると小走りにその場を離れた。
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