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ある晴れた夏の日。八月も終わりに近づいているというのに、猛暑日が続いている。
こうした暑い日は、熱中症や水難事故のリスクが高く、外で遊ぶのは控えるようにと、ニュースで言われている。なので、僕たちはもっぱら家に集まって、テレビゲームをして遊ぶ。今日は、朝から赤澤の家へ遊びに行き、野球のゲームをして過ごす予定だ。
「今年は、小学校最後の夏休みだから、思い出に残るように、思いっきり遊ばないとな」
青山が言った。そう、僕たちは小学六年生。来年になると中学校へ進学する。中学生になると、宿題やら部活やらで忙しくなって、遊ぶどころでなくなるぞ~って、中学三年生の兄が言っていた。
「そうそう。最後の一日まで遊び尽くさなくちゃ」赤澤が返す。
赤澤と青山は、同じ小学校に通っている。市内の公立小学校だ。かたや僕(黄島)の小学校は私立で、彼らと違う学校だ。
「黄島のところは私立だもんな。中学受験があるだろ?」
「うん、まあね」
「そうしたら、夏休み後は受験勉強だなぁ」
「俺たちとも、遊べなくなるかもな~」
「大変だ。僕たちは公立でよかった」
まあ、実際は中学受験の必要はないんだけどね。いわゆるエスカレーター式ってやつ。
さて場面は変わって、赤澤の部屋となった。室内はクーラーがガンガンに効いていて、しかも赤澤のお母さんがジュースとケーキを用意してくれている。屋外の灼熱地獄とはうって変わり、ここは天国だ。
赤澤と青山が、ゲームで対戦しながら話をしている。
「青山は宿題終わったの?」
「僕?大丈夫だよ。塾の夏期講習で宿題やってくれたし。赤澤は?」
「俺?読書感想文がまだ残ってる」
「おいおい。それなら遊んでる場合じゃないだろ!帰ってから間に合うのか?」
「大丈夫だって。いざとなったらAIが書いてくれるし」
「ChatGPTのこと?やめとけよ。赤澤の文章じゃないってすぐわかるぞ」
「大丈夫。ちょっと変えとけばバレないし」
「そうかー?」
こういう宿題がらみの話は、夏休み後半に多くなるのが定説だ。夏休みの終わりが近づいてきてるな~、と実感する一幕。
「俺たち、今日で夏休みが終わりなんだよなぁ」
「そうなんだよなぁ」
赤澤と青山の嘆き節。公立小学校は、明日から始業式なのである。一方、僕は私立小学校なので、始業式の日が二人と異なっている。
「黄島はどうなの?宿題終わってるのか?」
「そうだよ。お前のところ私立だから、宿題も難しいって聞いたぜ」
「あ~、僕?余裕余裕。宿題は昨日で終わってる」
「そうか。ならよかった」
「黄島は頭いいもんなー。だから私立の小学校入試にも合格したんだし」
まあ、定員割れだったから、受験さえすれば合格だったんだけどね。
このとき、僕は嘘をついていた。
「宿題は昨日で終わった」と言ったものの、実は宿題にはまったく手を付けていない。
だがしかし、僕の学校の夏休みは「無期限」。正確に言うと、始業式の一週間前に学校から連絡が来る、ということになっている。それまではずっと夏休みだ。
そして今日の時点で、学校からは連絡が無い。だから、僕の夏休みはまだ続いてるってわけ。宿題は、学校から連絡が来たら(すなわち始業式の一週間前になったら)その時にまとめてやればいい。
さっきの二人の話にもあったように、夏休みが終わったら、附属中学の受験勉強に追われる。受験の必要はないとはいえ、受験勉強をやっておかないと、外部からの受験生にアッサリ抜かれるなんてことになりかねない。
そうなれば、毎日勉強漬けで、遊ぶことさえ簡単にはできなくなる。だから、この夏休みは思いっ切り遊んでやるのさ。
一週間が経った。
他の小学校はすでに夏休みが終わって、二学期が始まっている。
けれど、僕の学校からはまだ、夏休み終了の連絡が来ていない。つまり、僕の夏休みはまだ続いている。
今日はスマホゲームで遊び、明日はオンラインゲームで遊ぶ。赤澤と青山は、学校の真っ最中で会う機会がないけど、夜のオンラインゲームなら、いつでも一緒に遊ぶことができる。
お父さんとお母さんは、なんだか不安な顔をすることもあるけど、学校から連絡が無いんだもの。気にすることは無いと思う。
ちなみに学校からの連絡手段は、パソコンのメールとなっている。学校の電話は置かれていない。電話は個人の携帯電話で間に合うということで、学校の電話回線は解約したということだ。経費削減のため…とか言ってたかな。
一ヶ月が経った。
学校からの連絡(メール)はまだ来ていない。まだまだ夏休み…のはずだけど、なんだか不安になってきた。
いくらなんでも、夏休みが長過ぎないか?いつになったら学校が始まるの?さすがの僕も不安を覚えていた。もう受験勉強を始めないと、さすがにやばくないか?一学期の学習内容だって、もう忘れているのに。
そうした不安は抱えつつも、いざゲーム機の前に座ると、ゲームに夢中になれるから、不安なことは忘れられるんだよなぁ。赤澤と青山とも、オンラインゲームでつながれるし。
そんなある日の夜だった。
お父さんの怒鳴り声が聞こえてきたのは。「この一ヶ月、メールが届かないんだが、どういうことですか!?」見ると、電話で学校の先生と話しているようだ。
メールが届いていない…?
もしかすると、学校からの連絡が届いていないってこと?
そうだとしたら、学校はもう始まっていて、僕は一ヶ月もの間「無断欠席」ということに…。だとすれば、附属中学に進学するどころの話じゃない。僕は小学校を退学になってしまうかも。小学校を退学だなんて、義務教育ではあり得ないと思うかもしれないが、ここは私立学校。そのような措置をとられても不思議はない。
そして、小学校を退学になったなら、たとえ公立であっても、小学校の中途入学は前例がないだろう。どこの小学校にも入れないかもしれない。そうしたら、小学生にして「ニート」ということになってしまう。
ニートになったら、お父さんやお母さんから勘当されて、家を追い出される。家を追い出されたら、自分で家と仕事を探さなくちゃいけない。だけど僕はまだ12歳。12歳じゃ、労働基準法だか何だかの法律で、働くことは許されていない。つまり、働かなくちゃいけないのに働けない。家も追い出されている。小学生にしてホームレスになってしまう。詰みだ。詰みだ。罪だ。
ああ、もう、どうすればいい!!!
暴れ回ったやら妄想を張り巡らせていたやらで、僕は疲れ果て、いつしか眠りに就いていた。
そして次の日。
学校から説明があり、この一ヶ月の間は、学校が契約しているメールサーバーにトラブルが起きて、学校のメールが送信できなかったということだった。本来なら一ヶ月前に始業式の日の連絡があったのだが、その連絡メールも送れていなかった。
つまり、今回の件は学校側の不手際で、僕たち児童は悪くなかったというわけ。そして学校側は謝罪をし、一週間後から晴れて学校再開となったのだ。
ちゃんと二学期が始まったことで、僕たちは少し安堵したのだった。終わりのない夏休みも、必ずしもいいものじゃないんだよね。
もっとも、夏休み終了が一ヶ月遅れた分、毎日の授業数が二時間ずつ増えることになったのだけど…どうしてこうなった。
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