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あの老婆は僕がこの店に来たのは間違いだと言っていた。つまりここは死者が立ち寄る店であり、そこにまだ死んではいない僕が迷い込んだってことなのだ。だからすぐには料理が出てこなかった。
「ラーメンを、チャーハンを!」
背後からの声が大きくなった。振り返れば徐々に距離が縮まっている。店員は手の中のどんぶりから汁が飛び散ろうがお構いなしだ。なにが何でも僕にあれを食わせるつもりらしい。
恐怖に駆られ、懸命に足を動かした。
だが店員はそれ以上のスピードで追ってくる。「ラーメンを、チャーハンを!」と叫びながら。
全速力で走るうちにだんだんと息が上がってきた。それとともに店員の声が間近に聞こえてくる。
「お客様、最後の晩餐を召し上がれ」
すぐ後ろで声が聞こえると同時に、ぬっと肩越しにどんぶりが突き出された。ちゃぷんと汁の跳ねる音がする。
思わず身をかわした僕はバランスを崩して転倒してしまった。ごろごろと転がってから、ようやく仰向けで止まった。
もう終わりだ……。
観念して目を閉じていたのだが、一向に何も起こらない。耳にはさらさらと水の流れる音が聞こえてきた。
恐る恐る目を開けると、川の畔に大の字で寝転がっていた。下半身は水に浸かったままだ。
そのまま呆然と空を見上げるうち、徐々に記憶が甦ってきた。
そうだ。川に入って釣りをするうち、僕は急な深みにはまって溺れてしまったのだ。それを先輩が助けようとして……。
慌てて体を起こした。僕の足元から数センチ先で、八木さんが水面に顔を突っ伏したまま漂っていた。
先輩は僕を助けようとして、逆に溺れてしまったのか。だからあの店で、注文もしないのに料理が運ばれてきたのだ。
急に身体が震えだした。自分で自分の身体を擦るうちに気がついた。肩になにかがはり付いていたのだ。そっと手にとって見ると、それはあのラーメンに入っていたと思しきチャーシューだった。
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