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先輩が指差した空席に移動し、腰を下ろした。
するとすぐさま店員が姿を現し、八木さんの前にカツカレーとスプーンを置いて去っていった。
「え?」と二人して料理と店員を交互に見る。そうしている間に店員は奥に姿を消してしまった。
「どういうことですか?」
「知るかよ」
「誰かの注文、間違って来ちゃったとか?」
僕たちは店内を見渡した。料理を待っていそうな人は誰もいない。
「なんなんでしょうね?」
「わかんないけど……」
言いながら先輩はテーブルの皿に視線を落とす。
「ただ、ちょうど今食いたい気分だったんだよな。メニューにあったら絶対注文しようって思ってたんだ」
「へぇ。だったら食べちゃってもいいんじゃないですか?」
「だよな」
言うなり先輩はスプーンに巻かれたナプキンを解き、カレーを口に運んだ。
「うまっ」と顔をほころばせる八木さんを尻目に、僕はなにを食べようかとメニューを探した。ところがテーブルの上には何もないし、壁にも何も貼られていない。店員を呼ぼうにも呼び出しボタンもなかった。
どう注文すればいいのかと思案するうち、食べ終わったと思しき男性客が席を立った。彼は金も払わず店外へと姿を消した。そういえば入り口付近にレジらしきものがない。ということは席で前払いのシステムなのだろうか。
入れ替わるように別の客が入ってきた。女性だ。彼女が空いた席に座るとすぐに店員が出てきて、注文もしていないのにテーブルにパスタを置いて去っていった。
「ちょっと先輩」
「ん?」と応じるが八木さんは顔も上げず、カツカレーに集中している。
「この店、どうなってるんですかね?」
「なにが」
「だって僕よりあとに来た客に、先に料理が出たんですよ。それも注文もしていないのに」
「だったら店員呼んで文句なり注文なり言えばいいじゃん。俺に言うなよ」
そうしたいところだが、店内が静か過ぎるから大声で店員を呼ぶのは憚られた。それなら立って呼びに行こうかと迷っているうち、奥から店員が現れ、さきほど空いた席の食器を片付け始めた。
咄嗟に立ち上がり手を挙げた。店員の視界に入るように身体を傾け、手を振るうちにようやく気づいてもらえた。
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