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空の皿を持ったままこちらに来た店員は詫びることもなく言った。
「なにか御用でしょうか?」
「メニューをもらえますか?」
「そういったものはございません」
「え?」
じゃあどうやって注文するのだ。まさか予約しておく必要でもあったのか?って、いやいや。先輩にはカツカレーが出されたではないか。でもそれは注文したものではないのだから、やはり予約は必要なのか?みんなこんな山奥の店に予約を入れてわざわざ食べに来たのか?それほどここの料理は特別なのか?
「おい」
先輩の声で我に返った。彼はトンカツを頬張りながら、
「何でもいいから、食いたいもの言ってみりゃいいじゃん」
そうか。単にメニューがないだけで、言えばなんでも出してくれるのかもしれない。
「あ、じゃあ、ラーメンとチャーハンのセットとかありますか?」
「ラーメンとチャーハンのセットでよろしいのですね?」
「はい。お願いします」
頭も下げずに店員は去っていった。
「な。いけただろ」
「そうですね」と、難しく考えすぎた自分が恥ずかしくなり照れ笑いを浮かべていると、不意に隣の席から視線を感じた。見れば老婆がこちらをじっと見ていた。テーブルの上には半分ほど食べ終えた分厚いステーキが乗っている。
「なにか?」
問いかけると、老婆はナイフとフォークを置き、両手をひざの上でそろえた。
「あなたたち、まだお若いわね。幾つ?」
カツカレーを食べるのに忙しそうな先輩に代わり、
「28と25です」
「あら、私の孫と同じくらいの歳ね」
彼女は様子を窺うように店の奥のほうを眺め、それから八木さんの顔へ、そして僕へと視線を移した。
「お連れさんは仕方がないけど、どうやらあなたがこの店に来たのは間違いみたいね」
「え?どういうことですか?」
「たぶん、あなたの分の料理がすぐに運ばれてくると思うけど、絶対にそれは食べちゃダメよ。その前に、今すぐこの店を出て、来た道を戻りなさい」
「は?だからどういうこと……」
老婆の目が店の奥へと向いた。店員が出てきたのだ。
「さ、早く」
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