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切羽詰ったその表情は有無を言わせぬ迫力があった。とりあえず僕は椅子から腰を浮かせながら、
「あの、先輩。なんかここ、ヤバイみたいですからすぐに出ましょう」
ところが八木さんはのんびりと咀嚼を続け、ようやく飲み込んだかと思えば予想外の返答をした。
「ああ、俺、これ食ったあと行かなきゃならないとこができたから、お前だけで行くといいよ」
「は?行くってどこへ?」
「それは……」
「ちょっとあなた。お連れさんを誘っても無理よ」
口を挟んだ老婆に、無理ってどういうことだと言おうとしたが、視界の端に店員の姿が入った。両手にラーメンとチャーハンを持ち、こちらに向かってくる。
「さあ、行きなさい」
老婆が僕を急かす。先輩は相変わらずカツカレーを食べている。しょうがないので八木さんはそのままにして、僕は扉のほうへと歩き始めた。
「お客様、どうなさいました?」
背後から聞こえる声にも足を止めることなく振り返り、
「すみません。ラーメンとチャーハン、キャンセルで」
店員はこちらに歩み寄りながら、
「困ります。料理は出来上がっているのですから食べていただかないと」
「ですから、いらないんですって」
「そう言うわけには参りません」
無表情のまま、店員はどんどん僕との距離を詰めてくる。
慌ててドアを開け、外に飛び出した。入店しようとする客とぶつかりそうになりながらも来た道を戻っていく。
「お客様、どちらへ?」
ちらりと後ろを見ると、店員は客を突き飛ばして僕を追ってくる。その鬼気迫る表情には狂気すら覚えた。
「お待ちください、お客様」
店員は小さな目で僕を見つめたまま走り出した。
「最後の晩餐、食べていただかないと困ります」
サイゴノバンサン?それって死ぬ前、最後に食べる食事のことだろ。なんでそんなものをこここで……ってそうか。さっきのお婆さんが言ったのはそう言うことか。絶対食べちゃダメなのは、食べたら死ぬからだ。料理に毒が盛られているとかの話じゃない。食べ終わった客は普通に出て行ったのだから。恐らくこの店は、あの世へと旅立つ死者に最後の晩餐を提供する場なのだ。今わの際に食べたいと願った食べ物を。
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