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一輝(かずき)は東京に住む小学生。夏休みはお盆のみ東北の祖父の家にいるが、今年の夏は父が入院しているために夏休みはずっと東北の祖父の家にいる。東北の祖父の家は、旧街道沿いにある古い民家で、祖父が1人で暮らすには大きすぎる。昔はもっと多くの人が暮らしていたこの集落、増川(ますかわ)も、ついに人口が300人を割り、高齢化が進んでいるという。若い人々はみんな、東京などの都会に行ってしまい、増川は寂しくなるばかりだ。もうここの賑わいは戻ってこないんだろうか? そう思うと、とても寂しくなる。
「あと数日で帰っちゃうのか」
実家から夜空を見ていた一輝は振り向いた。そこには祖父、俊蔵(としぞう)がいる。俊蔵は寂しそうだ。夏休み中ずっといた一輝がもうすぐ東京に戻ってしまうからだ。今年は一緒にいる夏がいつもより長かったけど、もうすぐ終わる。時の流れが速く感じる。どうしてだろう。
「寂しいけれど、また年末に来ようね!」
俊蔵は一輝の肩を叩いた。東京での一輝の成長を聞くのが楽しみだ。また来月から東京で頑張ってほしい。東北から見守っているぞ。
「うん!」
「おやすみー」
「おやすみ」
一輝は笑みを浮かべた。俊蔵のためにも頑張らないと。
俊蔵は部屋を出ていった。程なくして、一輝は敷布団に横になった。この敷布団で寝るのも明日までだ。あさってで東京に戻る。寂しいけれど、また年末年始に来ればいい。
一輝は目を閉じた。一輝は夢を見た。そこは家だ。だが、みんな昔っぽい服を着ている。昔の情景の夢だろうか? 増川は今より賑やかで、外は多くの人で賑わっている。
「あれ? ここは?」
一輝は部屋を出て、階段を降りた。その下には、和服を着た女性が行き交っている。そんな女性が何人かいる。彼らは一体、誰だろう。
「家?」
一輝はふと思った。俊蔵の家と全く構造が一緒なのだ。まさか、これは俊蔵の家の昔の姿だろうか? 賑わいのない増川とは思えない光景だ。
「いろんな人が行き交っている。ここはどこだったんだろう」
下にやってくると、多くの人がいて、中には宴会をしている人もいる。どうしてこんなに多くの人が集まっているんだろう。
「こんなに多くの人が来るなんて、どんな所だったんだろう」
一輝は目を覚ました。いつもの朝だ。一輝は呆然とした。あの夢は何だったんだろう。
一輝は1階のリビングにやって来た。リビングには、母と俊蔵がいる。すでに朝食はできており、みそ汁のにおいがする。いつもの朝の光景だ。
「おはよう」
「おはよう。お母さん、この家って昔、何だったの?」
母は驚いた。急に、何を言うんだろう。昔の事って、急に何を聞こうとしているんだろう。
「何よ急に」
「夢を見たんだ。家に色んな人が出入りしているのを」
俊蔵はそれに反応した。その夢に心当たりがあるんだろうか?
「本当?」
「うん」
一輝は驚いた。まさか、俊蔵が反応するとは。
「昔、ここ旅館だったんだって」
「えっ、旅館だったの?」
一輝は驚いた。ここは昔旅館だった。それを聞いて、一輝は思った。家を行き交っていた女は女将で、部屋にいた人々は客だろうか?
「うん。だけど、後継ぎがいなくて、廃業しちゃったの」
「そうなんだ」
この旅館は10年前に廃業した。利用客の減少や、後継ぎがいないのが原因だ。残念だけど、それが時代の流れなんだ。俊蔵はつくづく思っている。だが、その話を一輝の前で言った事がない。
「お母さんは継ごうと思わなかったの?」
「思わなかった」
それを聞いて、俊蔵は怒った。今さっきの優しそうな表情が嘘のようだ。
「もうそんな話するな!」
「は、はい・・・」
母は下を向いた。怒られたくないようだ。そして、俊蔵は母をにらみつけた。
「おじいちゃん、そのことを話すと不機嫌になるのよ。だって、後継ぎがいなくて廃業になったのを辛く思っているから。放っておきましょ?」
母は小声だ。もうその事を、俊蔵の前で言わないようにしよう。また怒られるのは御免だ。
「そ、そうだね」
一輝は少し汗をかいている。一輝も怒られたくないようだ。
昼下がり、一輝は外に出ていた。夏休みの宿題はすでに全て終わった。あとはここでの夏休みを楽しむだけだ。秋は近いが、まだまだ暑い。しばらく残暑が続きそうだ。
一輝は近くを流れる川を見ていた。川は崖の下を流れていて、その下では何組かがキャンプをしている。彼らは楽しそうだ。
「どうしたの? 外に出て」
一輝は横を向いた。そこには母がいる。
「ここって、昔は賑やかだったんだね」
一輝は、増川の昔の姿を聞いた事がある。増川は街道の宿場町で、昔は多くの人が行き交っていた。この辺りはとても賑やかだったという。だが、時代は流れ、過疎化が進み、ここはだんだん寂れていったという。
「うん。古くからの街道だったんだけど、新しい道ができて、みんなそこを通ってしまい、寂れてしまったんだ」
「そうなんだ。寂しいね」
一輝は寂しくなった。盆や年末年始に帰っている増川がなくなってしまうかもしれない。あと何年、ここに帰ってこれるだろう。
「でしょ?」
「うん。ここに賑わいって、戻ってくるのかな?」
「戻ってこないと思うわ」
母も寂しそうだ。俊蔵が死んでしまい、ここから人がいなくなると、ここの記憶も薄れてしまうんだろうか? そうであってはならない。ここに人の営み、そして賑わいがあった事を後世に伝えてほしいな。
「そっか・・・」
「寂しいけれど、それが時代の流れなのよ」
母は一輝の肩を叩いた。だが、力がなさそうだ。村が寂れて、消えていくのが残念でたまらないようだ。
「ふーん」
「いよいよ明日、東京に帰るんだね」
一輝は気づいた。そういえば、明日は東京に帰る日だ。色々楽しかったけど、明日までだ。また年末年始に来れるといいな。
「どうしたの? 寂しそうな顔して」
母は、一輝の寂しそうな様子が気になった。ずっとここにいたいんだろうか? だが、そうはいかない。学校がある。東京に戻らなければならない。
「何でもないよ」
「そっか」
母は家に戻っていった。一輝はその後もしばらく川を見ていた。見ているだけでも癒される。東京の川とは違う。どうしてだろう。理由が全くわからない。
その夜、一輝は何かの物音で目を覚ました。1階から音がする。もう寝静まった深夜なのに、何だろう。
一輝は興味津々で1階にやって来た。どうやら座敷から物音がするようだ。一輝は座敷の扉を開けた。そこには、白い服の女がいる。その女は、顔が白い。幽霊だろうか?
「あれ? こんな夜遅くに何だろう」
「ここ、もう旅館じゃないんだね」
女は寂しそうだ。ここにゆかりのある女の幽霊だろうか? 廃業したと知って、再びここにやって来たんだろうか?
「うん、そうだけど」
「寂しいよ」
女はいつの間にか泣いてしまった。廃業したのが寂しそうだ。あんなに多くの人で行き交ったのに、どうしてこうなってしまったんだろう。
「だけど、これが時代の流れなのかな? 寂しい?」
「うん」
女は外を見た。そこには営業していた頃と変わらない庭がある。だけど、あの時の賑わいはもう戻ってこない。寂しいけれど、これが時代の流れなんだ。現実なんだ。
翌日、一輝は家の前にいた。いよいよ東京に帰る時だ。家の前には俊蔵がいて、別れを惜しんでいる。また年末年始に会おうね。
「じゃあ、帰ろうか?」
「うん」
俊蔵は笑みを浮かべた。一輝の姿を見るだけで、笑顔になってしまう。孫はかわいいものだ。
「寂しいけれど、また来れるよ」
一輝と母は、母の運転する軽自動車に乗った。程なくして、軽自動車は動き出し、俊蔵の家を離れた。一輝はその家を後部座席からじっと見ている。ここを通る車の数は少ない、人通りは少ない。果たして、賑わっていた時はどれぐらいの人がいたんだろう。あとどれぐらい、この集落は増川であり続けるんだろう。
「あっ・・・」
と、一輝はあの白い服の女を見た。女は俊蔵の横で、俊蔵と共に手を振っている。まるで夫婦のようだ。あの女はひょっとして、俊蔵の妻だろうか?
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