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夏祭りも近いある日、その子はやってきた。 夏の終わりに出会ったともだち。
夏祭りが近づいていた。
「今年はいつまでも暑いよねえ~。」
ハリネズミはちんまりした鼻の汗を拭きながらため息をついた。
「それでも朝晩は過ごしやすくなったほうよ。」
手ぬぐいを畳む手を休めることもなく、仲良しのいたちが笑って言った。
夏祭りに配る手ぬぐいの準備なのだ。
このあたりの村では夏の終わりに祭りをする。
それぞれの村によって少しづつやり方が違うが、どこも秋を迎える風物詩である。
「花火をあげるのです。」
こだぬきのおもむろな発言はたちまち採用となった。
みんな娯楽に飢えていたのだ。
「花火、するっ、するぅ~~。」
「お前みたいなちびりすは一緒にうちあげられちまうよ。」
「えええええええ~~~。」
みんなでやると準備もまた楽しい。
手ぬぐいの発案はおばあさんだ。
「ほんとうはみんなに浴衣をきせてあげたいんだけど。」
いやいや、とみんなは首をよこに振る。
「そろいの浴衣とか着たらかわいらしいだろうにねえ。」
いやいや、みんな体形とかばらばらだし、と首を振る。
「おばあさん、手ぬぐいなら祭りが終わってからも愛用できますよ。」
うさぎはおばあさんの手をとってこう言った。
うんうん、みんなの頭が縦にゆれる。
「そうかい・・・。そうだねえ。みんないろんなところで使っておくれ。」
「はあい!」
みんなの小さい手がいっせいにあがった。
おばあさんの気持ちこそがみんなにはうれしかったのだ。
夏祭りをあと数日に控え、日暮れがだんだん早くなってきた。
準備を終えてみんなでたどる帰り道、見慣れない女の子に気づいたのはもう暗くなりかかったころだった。
「おや?アンタはどこの子かね?」
いたちが見つけたその子はまだ幼かった。
「迷子さんですか?」
うさぎがうつむいていた女の子をみんなのほうへ連れてきた。
「この辺の子じゃない・・・えっ?」
はりねずみが一瞬声を高くした。
背中の針が逆立っている。
女の子はみんなのほうを見ている。
だが、その目にはひとみがなく、ぽっかりと金色のあかりがともっているようだった。
みんなは黙りこくった・・・・。
「ごめんなさい。気味悪い、よね。」
泣きそうな声でやっとそう言って、女の子がみんなから離れようとしたそのとき、
「うわ~~、きれいな目だなあ~。」
元気のいい声をあげてちびりすたちがかけよってきた。
「みせてみせて~。」
「おひさまみたいだ~~。」
さきほどの沈黙がうそのようである。
女の子はあきらかに戸惑っていた。
うさぎはとっさに女の子の手を握りしめてこう言った。
「よく見てください。あたしだって目が赤いです。」
女の子は顔をあげた。
「金色の目はあまりみかけませんが、ほんとにキレイなお色ですよ。」
「うんうん、見慣れなくてちょっと驚いたけど、優しい光だねえ。」
「そうだろ、そうだろ~~。」
いつのまにか女の子のまわりにみんなが集まっていた。
ひとりひとりが女の子の目を覗き込んで、言葉をかわした。
ようやく女の子にも笑顔が浮かぶようになった。
「お名前は?」
「このは。木の葉って書くの。」
それ以上のことはわからなかった。
その日はきつねの家に泊めてもらうことになった。
「あたしも一緒にお泊りします。」
うさぎは、木の葉が眠るまで手を握ってあげた。
眠っていても木の葉はうさぎの手を離そうとはしなかった。
次の日、うさぎは木の葉をおばあさんのところへ連れて行った。
「よく来たね。」
おばあさんはにこにこと話しかけた。
「おばあさん、木の葉を知ってるの?」
「そうだね。」
おばあさんはちょっと遠くを見た。
「木の葉がどこからきて、どこへいくのかはわかる。」
うさぎも木の葉もきょとんとした。
「大丈夫だよ。」
夏祭りの日まで、木の葉はおばあさんの家で過ごすことになった。
おばあさんは翌日から木の葉の浴衣を作り始めた。
みんなは来るたびに木の葉に声をかけた。
木の葉も小さいながら、みんなといっしょに夏祭りの準備を手伝った。
「木の葉というのはいい名前です。由緒正しいお名前なのでは。」
「こだぬきはよく世話になるもんな。葉っぱにw」
「いや、そうじゃなくて~~。」
「騒がしいねえ、もう。」
きつねが木の葉に手ぬぐいを渡した。
「これはアンタのだよ。」
隅のほうに葉っぱの模様が染めてある。
「ありがとう~。」
木の葉の金色の目が一段と輝いた。
夏祭りの前日、おばあさんが言った。
「木の葉や。祭りがおわったら西へ旅立つんだよ。」
木の葉は黙ったままうなづいた。
「おばあさん、どうしてですか?」
うさぎは聞かずにはいられなかった。
せっかくみんなと仲良くなったのに、なぜ旅立ってしまうのか。
「木の葉にはわかるね。」
おばあさんは木の葉の頭をなでた。
「はい・・・。」
木の葉の金色の目から涙がこぼれた。
「がまんしなくていい。泣きたかったら泣いていいんだよ。」
「・・・はい・・・。」
木の葉はおばあさんの膝の上に泣き崩れた。
うさぎはどうしていいのかわからなくて困惑していたが、
おばあさんは木の葉の頭を撫でてやりながら、静かに首を振った。
木の葉はそのまま寝息をたてて眠ってしまった・・・。
祭りの日がやってきた。
うさぎはあさから木の葉と一緒におばあさんの手伝いをした。
お供えのお団子を作ったり、お神酒の器を並べたり、
忙しくしながらも木の葉は楽しそうだった。
午後になるとみんなもやってきた。
おそろいの手ぬぐいを見せ合うと、思い思いに身に着けた。
おじいさんと大きいりすの兄弟たちは花火の用意に忙しい。
ちびりすたちも頭の手ぬぐいに被られながらも駆け回って手伝っている。
木の葉はそれをじっと見ている。
「木の葉・・・。」
うさぎはそっと手を握った。
木の葉はにっこりと笑い返した。
「木の葉、楽しい。みんなとあえて良かった。」
日暮れが近づいたころ、おばあさんは木の葉に浴衣を着せてくれた。
「うわ~、かわいい~。」
ちびりすもおばさんたちもおおはしゃぎ。
木の葉の浴衣にはいろんな模様が描いてある。
「これは・・・葉っぱ。きつねさん。」
「うんうん、手ぬぐいにも染めてくれたね。」
「あかとんぼ・・・すいか・・・花火・・・。」
「なんだこりゃ、汚れてるのか?」
「それはぼくたちの手形だぞうう~。」
ちびりすたちの小さい手のカタチだったようだ。
「これはあたしです。南天の赤い実。」
「どうして南天なんだい?」
「木の葉の目とおなじだから。」
そうだ。うさぎの目もみんなとは少しだけ違う。
でも木の葉の目とは少し似ている。
「じゃ、木の葉の目も描こう。」
きつねのねえさんがちょいちょいと筆を加えた。
南天のとなりに黒いふちどりの金色の目が並んだ。
「これでみんなそろった。」
「うん。」
木の葉はうれしそうに笑った。
初めて見るこぼれそうな笑顔だった。
夜になってみんなでかみさまにお祈りをした。
お供え物とお神酒も注いだ。
ささやかながらみんなが持ち寄ったごちそうをにぎやかに食べた。
おなかがいっぱいになったころ、おじいさんがやってきた。
「さあ、花火があがるぞ。」
「わ~い。」
少し離れた高台に小さい火がともっている。
ひゅ~~~~~、どおん!
ひゅ~~~るるるる、どおおん!
あがるたびにちびりすたちが跳ね回る。
「きれい、きれい!!」
木の葉が立ち上がって手を伸ばし、大きな声で叫んだ。
「すごくきれい!木の葉、うれしい!!」
ひゅ~~~~、ひゅるるるる~~、どおん!どおおん!
花火のあかりに照らされてささやかな祭りの夜は更けていった・・・。
花火が終わっていつもの静かな夜が戻ってきた。
眠ってしまったちびりすたちにに布団をかけて
みんなであとかたづけをしたころ、ひとりの男の人がやってきた。
「ようこそお越しくださいました。」
おじいさんとおばあさんは丁寧にお辞儀をした。
みんなもつられて頭を下げた。
男の人はみんなを見渡してにっこりした。
うさぎはなんとなく知っている人のような気がした。
みんなが帰って行って、木の葉とうさぎと男の人が残った。
「お仕度をなさい。」
木の葉は深くお辞儀をしておばあさんのところへ行った。
「あなたは・・・。」
もう少しで思い出せそうなのに、うさぎはその先を、その人のことをどうしても思い出せない。
ほどなくしておばあさんと木の葉がやってきた。
「よろしくお願いします。」
男の人は木の葉の手を引いて歩き始めた。
「木の葉・・・。」
うさぎは思わず呼んだ。
木の葉はゆっくりと振り返った。
「お家に帰るね。」
あ、そうなのか・・・。
うさぎはどこかほっとした。
「みんなにありがとうって。」
夜道なのにまわりが明るい。
「みんなに、楽しかったよって伝えて。」
「わかりました。」
木の葉の金色の目の光が広がっていた。
「木の葉、また、いつか会いましょうね。」
うさぎは懸命に手をふった。
金色の光に包まれた木の葉もまた手を振っていた。
そして光はゆっくりと空へ上って行った。
夏祭りに送られて、みんなとの楽しい思い出を持って
帰っていくのは星明りの夜の道。
光はやがて小さくなって、またいつもの夜空に戻っていた。
夏の終わりに出会った小さなともだち。
うさぎもみんなも、ずっと忘れないだろう。
いつかまたどこかで。
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