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火の精霊
二人分の黒いブーツが荒々しく横切った。
蝋燭番の子供じゃない。
「おい、どういうことだ。一匹もいないじゃないか。いつもならここで眠ってるはずだろう」
苛立ちを露わにした主人の声に、セラフィーナは震え上がった。
「おや。これは面倒なことになりましたね。残っているのはあの一対だけなんでしょう? 他の精霊はみな消えてしまったようですし。だからこれ以上火力を上げないで欲しいと、国王陛下には申し上げたんですがね」
「隣国との戦争の準備をしてるんだ。仕方なかろう。それより残りの二匹はたいした霊力を持っている。他のと違って簡単に力尽きたりはしないはずだ。この先もまだ、我が国のために働いてもらう必要がある。万が一いなくなったなんてことになったら……私の首が飛ぶ」
「とにかく彼らを探しましょう。火の精霊の子供は無垢ですから、人間の言葉を素直に信じます。扱いやすいのはいいですが、くれぐれも油断しないでくださいね」
二人の男の声が次第に遠ざかっていく。
どうやら寝室を出たらしい。
しばらく手足に力が入らなかった。
乱れそうになる心を落ち着け、ベッドの下から這い出すと、トカゲも同じ場所から顔を出した。
セラフィーナはトカゲをポケットにしまい、埃で汚れた少年を助け起こす。
「さっきのはご主人様よね。もう一人は誰?」
「分からない。けど今はそれどころじゃない」
「うん……私達、ただの蝋燭番じゃなかった。人間じゃなかったの。火の精霊だって」
「ここにいちゃいけない。すぐに逃げよう、館から出るんだ」
ここは蝋燭番の子供達にとってーー火の精霊にとっての牢獄だった。生かさず殺さず、人間のいいように利用されていただけ。
スィンザはセラフィーナの手を引き、寝室を出て階段を駆け上がった。ここで男達に遭遇したら追い詰められて終わりだ。
確か、出口へ繋がる廊下があったはず。
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