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「おはよう、ホタル。今日は早いね」
いつの頃からか、蒼佑は俺のことを「ホタル」と名前の一文字目にちなんでそう呼んでいる。
ほかに誰も呼ばない特別な名前。
理由は分からないが、蒼佑の存在言動すべては、いつもそうして俺を面映ゆくさせる。
けれど、蒼佑にとって俺はどうだろうか。
黒縁のウェリントン型眼鏡に、肩まで伸びた薄茶の髪は無造作に後ろでくくったヘアスタイル。
気取らない美貌の顔は、塩顔の俺と違ってかっこいい。
蒼佑は小さい頃から目鼻立ちがくっきりとしていて、純日本人だというのにどちらかというと西洋の血が混じっているように造作が整っているのだ。
おまけに背も高くて、手足も長い。
なんの変哲もないソムリエエプロンが、まるでオシャレなファッションアイテムに見えてしまうほど、スタイルも抜群だ。
そんな人が、とうとう今日から俺の恋人――どうしよう、嬉しすぎる。
思えば、二年前に亡くなった蒼佑の祖父も目鼻立ちがはっきりとした人で、あの世代にしては比較的大柄でスタイルもよかったはずだと思い出す。
「そしてお誕生日おめでとう。今日から十八歳だね」
いつものように俺は窓枠に両肘をつけ、平静を装いながら蒼佑に惚けていると、不意打ちにお祝いを告げられた。
眼鏡フレームの奥で、くっきりとした蒼佑の二重の目が三日月のように細められる。
つられるように俺は、うん、と微笑みながら頷くと、さらに蒼佑は柔和な笑みを浮かべた。
笑って目が細くなった蒼佑も、最高にかっこいい。
「今日のお弁当は、特別にホタルの好きなものばかり詰めておいたから、勉強頑張って」
お友達にもおすそ分けできるように、少し多めに入れておいたから……なんて続けた蒼佑は、会ったこともない俺のクラスメイトたちにまでいつも気遣う。
蒼佑は俺だけを見て、俺だけを気遣ってくれればいいのに……。
とは言えない小心者の俺は、それでも蒼佑の気遣いが嬉しくて、目許をほんのり赤く染めて黙って頷く。
蒼佑に惚れてしまうポイントは、顔だけではないのだ。
そういった全方位に気遣いができる優しさも、また蒼佑の魅力なのである。
七歳も年上で大人だから?
最初はそう思ったこともあったが、高校入学と同時にバイトを始めて蒼佑以外の年上の人たちとも接するようになって、早々違うことに気がついた。
今だったらわかる。
まだ俺が小学生だった頃、蒼佑の周りに人だかりができていたことを。
魅力溢れ気遣いのできる蒼佑と接していたら、たちまちどんな人でも蒼佑の虜になってしまうのだ。
とくに俺みたいに三百六十五日、ほぼ毎日顔を合わせていると。
だから、生まれてからずっと蒼佑の隣に住む俺が、蒼佑に惚れてしまい、ごり押しの告白をするのも、またごり押しでその返答を頷かせたのも、すべては必然なのだと大義名分にして、今のポジションに居座っている。
「朝ごはんもできているから、いつものように出られる支度してうちにおいで」
蒼佑はそう言うと、今度は俺の反応を待つことなく窓を閉めて、姿を消した。
しばらくは愛しい恋人(暫定)の残像を向かいの一階の窓に見て、余韻を楽しんでいたが、そこではたと気がつく。
「……って俺、蒼佑につられて微笑んじゃったけど、誕生日の話題出たのに一切恋人の話題なんてでなかった」
これってやっぱり確認するべきなのか。
それとも、言わなくてもわかっているよなのか。
もしくは、俺から言い出すのを待っているだけなのか。
「はあ、恋人になるってわからん!」
全体的に少し伸びてきた黒髪をがしがしと搔くと、わざと足音をドタドタと立てて、身支度のために俺は部屋をあとにした。
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