4.ママの幸せ

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4.ママの幸せ

 ガチャッ!  玄関の扉が開く音が聞こえる。ママのお帰りだ。『ただいまー』という言葉がないということは今日は仕事でかなり疲れているに違いない。実際今はもう夜の十時。きっと残業が長引いたのだろう。  「今日は夜遅かったね。疲れたんじゃない?お風呂入れておいたから先に入ったら?もう夜遅いから僕は先に入らせてもらったよ」 「あら、どうしたの?今日は随分と気が利くじゃない。じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらおうかな。今日は晩ご飯を作る時間もないからコンビニ弁当を買ってきた。先にこれ食べてていいわよ。もう夜も遅いし、それを食べたらすぐ寝なさい」 「ありがとう。ママ、明日の学校さ、僕、とても楽しみなんだ。特に体育があるからさ」 「え?なになに、いつもは学校に行きたがらないくせに、いったいどういう風の吹き回し?」  そう言いならがらママの表情は、仕事の疲れが一気に吹き飛んだかのように明るくなっている。僕はネムの気の利いた対応に感心していた。きっと猫の時からママのことをよく観察していて、彼女を喜ばせるツボを心得ているのだろう。  「ただーいま!」  ママは猫になった僕を優しく撫でると、機嫌良くお風呂へと向かった。  「ネム、ママには全く気づかれてないみたいだね」 「うん、大丈夫みたい。それに少し元気になったみたい。これからママの幸せのためにできることをしていきたいんだ。今までずっと限りない愛情を注いでもらったから、ずっとその恩返しがしたかった」 「ならこうして立場が逆転して本当によかったね。僕としてもネムが代わりに学校へ行ってくれるならバンバンザイだよ。でも、学校の授業にはちゃんとついていけるのかな……」 「そのことなんだけど、どうも唯人の学力がそのまま移行されてるみたいなんだ。さっきさ、教科書の前半をざっと見てみたんだけど、なぜか普通に理解できてさ。読み書きも問題なさそう。平仮名はもちろん、漢字や英語もね!」 「それは素晴らしい!まるで全ての歯車がうまく噛み合ってるみたいだね」  僕がクラスの中で一番の"おちこぼれ"であることは、ネムには伝えなかった。余計な先入観はない方がいい。その夜、ネムはコンビニ弁当を食べるとママの言い付け通りすぐに眠りについた。僕もネムにくっつくようにして丸まって、瞳を閉じた。
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