7.昏睡夢の中で

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7.昏睡夢の中で

 そんな生活が一ヶ月程続いて、運動会前日の朝を迎えた……そのはずだったのだが、いつもと様子が違う。朝起きてみると、僕は動物病院の猫用ベッドに寝かされていたのだ。    「目が覚めたかい?本当によかった。約一か月もの間昏睡状態だったから、もう目覚めることはないだろうとあきらめかけていたんだ。別室で待機しているお母さんたちをすぐに呼んでくるから待っているんだよ」  動物病院の先生はそう言うと、急ぎ足で病室を出て行った。  「ネム!目が覚めたのね!」  すぐにママとネムが入ってきて、ママが涙目になりながら僕を撫でてくる。  「奇跡的に目が覚めましたが、おそらく一時的でしょう。残念ながらもうほとんど死期を迎えています。意識のある今の内にたくさん言葉をかけてあげてください」    ママは完全に取り乱して「逝かないで……戻ってきて……」ずるずると鼻水まで垂らしながら、同じような言葉を呟くばかり。  でも僕はもうこの体を動かす力もない。ニャーと鳴いてママに答えることさえできない。少しずつ混濁する意識の中で、ネムと立場が逆転してからの一ヶ月に渡る生活はいったい何だったんだろうと、そのことがひっかかった。  ネムの声が聞こえる。ママのすぐ横に立っている僕の姿をしたネムがテレパシーか何か、不思議な力で伝えてきているのだろうか。その声が頭の中にこだまする。  『唯人……。僕のことを救ってくれてありがとう。本当はあの時死ぬはずだった。でも君が必死に力強く抱きしめてくれたから、僕らは立場が逆転したんだよきっと。死期が延びたおかげでママにたくさん恩返しをすることができた。でも、もう戻らないといけないみたいなんだ。死からはどうしても逃れられないみたい。あとのことはよろしくね。運動会のリレーでは大活躍して、これからの学校生活を楽しむんだよ。まだまだこれからたくさんの青春が待ってるはずだから。唯人の本当の力を見せてやるんだ』  気がつくと僕は元の身体に戻っていた。目の前では死に行くネムに、ひたすらしがみつくママの姿がある。この病床で一ヶ月もの間意識を失っていた僕は、その昏睡夢の中で、現実のネムとママと繋がっていたのだ――瞬時にそう理解した。  うっすら開いたネムの瞳が僕の心と通じ合う。僕はネムの目を見て力強く頷いた。するとネムは最後の力を振り絞って「ニャー」と鳴くと、ママの唇をペロリとなめた。そしてそのまま息を引き取ってしまう。
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