8.ネムのおかげで

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8.ネムのおかげで

 こうして迎えた運動会当日。僕は決意を堅めていた。元々走るのはあまり得意な方ではない。その上、『アンカーで失敗したらみんなに迷惑をかけてしまう』そんなプレッシャーがいつもの自虐思考に拍車をかけてくる。それでもこの決意は揺るがなかった。『せっかくアンカーを任されたんだ、自分にできることを精一杯しよう』、素直にそう思った。それにネムが命を賭してまでくれたこのチャンスを無碍にできるわけがない。  学校に行くとクラスメイトのみんながたくさん話しかけてくる。ネムが昏睡中の一か月間に築いたクラスの人間関係が、僕をこんなにも温かな気持ちにさせてくれるなんて……、環境が以前とは様変わりしていて少し戸惑いつつも、クラスに馴染めているという安心感を久しぶりに肌で感じる。「運動会のアンカー頑張ってね!」みんなが言葉で応援をくれる。「このクラスの期待に答えたい!貢献したい!」僕は今だかつて感じたことのない力が漲るのを感じるのだった。  ママは昨日の今日でまだまだ失意の中にあったが、なんとか運動会の応援に来てくれている。リレーのスタートライン辺り(トラックを一人一周するリレーだったのでゴールラインでもある)、一番の特等席を確保して、熱い眼差しを僕に向けてくるママがいる。  秋の柔らかな日差しの中で、運動会の各競技が進行し、いよいよクラス対抗リレーが始まる。   「位置についてぇ〜……よぉ〜い……ドンッ!」  クラスの各リレーメンバーが一生懸命にバトンをつなぐ。そしてみるみる内にアンカーの出番が回ってくる。僕のクラスは四クラス中の四番目。最後とはいえトップとはまだそれほど差は開いていない。僕は全く優勝の望みを捨ててはいない。  バトンを受け取ると軽快に駆け出した。足がいつもよりも軽く弾み、一歩一歩のストライドが加速する度に広がっていく。その最中、ふいにネムの声が聞こえたんだ。    『唯人……聞こえる?ネムだよ。これからは君の心の中に生きる。ずっとだよ。ママに素敵な姿を見せてあげよう。このままごぼう抜きだ!』  走りながら頭の中にネムの声がこだますると、ネムの魂が乗り移ったかのように、この足の回転速度はそのギアを更に上げ始めた。そして、瞬く間にごぼう抜き――ゴール直前で一位のアンカーを抜き去ると、僕の身体はゴールテープを切り裂いた。  クラス対抗リレーを優勝へと導いた僕は、一躍クラスのヒーローとなった。そしてこの成功体験がきっかけで、僕は僕自身の思い込みを完全に吹っ切ることができた。"おちこぼれ"という思い込みを卒業できたのは、紛れもなくネムのおかげだった。クラスメイトに話しかけることさえできなかった僕が、今では自然体で積極的に話しかけるようになっている。人はこんなにも変われるのか、ということを教えてくれたネム。今では学校生活が楽しくて、学校でのことをママに話しては、ママを喜ばせることが何よりも僕の幸せなのだ。  ネムもきっと喜んでくれてるよね。  ネムはこの心の中に今も生きている。  これからもずっと……、  共にこの人生を駆け抜けていく。  二人でママを幸せにするんだ。 【了】
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