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「ただいまーっ!!」
久々に聞いた娘の甲高い声。
「お、おかえり」
平静を装って私は返事をした。
返事もせず、玄関へ走る妻の姿が視界の端に入る。
その背後からそっと覗くと・・・あの日着ていた青いブラウスにデニム姿の娘を妻は抱き締めていた。
「おかえり・・・もぅ、どこ行ってたのよっ!!」
「ごめんね母さん、すっかり遅くなっちゃって。あ、父さんただいま」
・・・私は、言葉を失った。
「取り敢えず、シャワー浴びてくるね♪」
着替えを持って風呂場へ向かった娘。
私はそれを見届けた後、妻に話しかけた。
「なぁ、さっきの電話・・・」
「言わないで!!」
「でもあれは・・・」
「やっと、帰ってきたんだから」
遮る妻の気持ちも分かる。
しかし、先程私が聞いた話では――
「今だけは・・・今だけはどうか・・・お願い」
口にしかけた言葉は、涙ぐむ妻の懇願でまた遮られた。
「お腹空いたぁ、何かない?」
そんな事とは露知らず、娘は呑気にシャワーを浴び、着替えて居間に出てきた。
「あ、スイカでいい?」
涙を拭いながら、妻は明るく返した。
頂きもののスイカ1玉は、私と妻だけでは手に余っていて、ご近所さん達に配ろうかと言っていた所だった。
「ありがとー、丁度喉が乾いてたの」
ちゃぶ台の前に座り、うきうきと待つ娘。
キンキンに冷えた半玉を、妻は娘のために包丁で切り始めた。
「いっただっきまーす!!」
半円から更に3分の1に切られたスイカに、
塩には手を伸ばさず夢中でむしゃぶりつく娘を見て、そりゃ喉乾くだろうな・・・と私は思っていた。視界の端に台所で肩を震わせている妻が映る。
「ねぇ父さん、あたしのリュック知らない?」
ひとしきり食べ終わってから、娘は無邪気な瞳で私に聞いてきた。
「それなら、お前の部屋に置いてある」
「・・・もう、見つかってたんだ」
「ああ。父さんが見つけた・・・」
とうとう、私も耐えられなくなってきた。
台所から、妻の嗚咽が聞こえる。
目前の娘が、涙で歪んで見える。
「・・・すまん。父さん、お前を見つけてあげられなくて」
「何謝ってんのよ。悪いのはどう考えても、
父さんと母さんの言いつけ破ったあたしじゃんっ!!」
3年前――
夏休みが始まったばかりの日、お友達と磯釣りに出掛けた娘と約束していた。
夕方17時までには帰ってくる事、
知らない人にはついて行かない事、
台風前の荒れた海には入らない事。
泣きながら家へ来たお友達の話によると、
うっかり海に落としてしまったリュックを取ろうとして、娘は――。
「もう、話してもいいか?」
妻は私の意図を察し、泣き崩れながらも頷いた。話したらきっと、娘とは永遠の別れになると察しながら。
2人で、娘を囲む様に座った。
「さっき、警察から連絡があったんだ。
お前の身体・・・骨が、海岸で見つかったって」
「そっか、だから・・・」
「・・・良かったな、帰って来れて」
「うん・・・お父さん、お母さん、ありがとう。ごめんなさい」
それから、何を話したかは覚えていない。
ただ、3人で泣きながら思い出とかやりたかった事とか、一晩中話していた様な気がする。
気が付いた時には、もう娘の姿は消えていた。
ちゃぶ台に泣き伏した妻と私を残して。
私は、娘が完食したスイカの皮と種が乗った皿にそっと手を合わせた。
――これから、迎えに行くからね。
3年前から続く私達家族の永い夏は、ようやく終わりを迎えた。
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