はじまり

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はじまり

楠 宗太(くすのき そうた)はつい最近、愛する人を亡くした。 自分の心の大半を占めている女性がこの世から消え、心に穴が空いたようだ。何をしていても、虚無感を感じてしまう。 だが、彼女にとっては良かったのかもしれない。 好きでもない男につきまとわれ、つらい思いをしていた彼女。 きっと悩みから解放され、安らかな眠りについていることだろう。 白浜 百合(しらはま ゆり)。 名前の通り、百合の花のような清らかな女性だった。彼女の優しい微笑みを眺める時間は、宗太にとって至福の時間だった。 相手の男に何かしらの制裁を与えてやりたいが、名前も、素性も知らない男だ。どうしようもできない。 彼女が亡くなって一ヶ月ほど過ぎた。ずっと悲しんでいたら、百合に笑われてしまうかもしれない。宗太は、心機一転に彼女の思い出がある街から離れようと、引っ越すことにした。 引っ越しを決めてから、半月も立たずに新居が決まった。 宗太の新しい城は築30年の年季が感じられる、格安のアパートだ。 駅から徒歩20分、バス亭やコンビニは家の近くにない。良い立地ではない場所にあるが、宗太はフリーターだ。通勤ラッシュなんてものには縁がない生活をしている。家賃が安いこと以外、住む場所にこだわりはない。すぐに入居できるなら、ということで、さっさとその物件に決めてしまった。 6月は繁忙期ではないのか、引っ越し業者もすぐに来てくれることになり、あっという間の引っ越しとなった。 時期的に、もう百合の四十九日だろうか。少しでも百合のことを忘れるために引っ越しまでしたのに、結局は彼女のことを考えてしまう。段ボール箱の解体をしながら、そんな自分に宗太は苦笑した。
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