悪意のない国。

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「私は魔王です。使者さまに殺される日だけを夢見て、苦しみに耐えてきた……」 「そのすべてが無駄だったなんて、私は一言も言ってない。  今までよく頑張ったね。これからは幸せになろう」  頭を撫でると、少女の金色の瞳から涙が零れた。小さな手から短剣が落ちる。大きな落下音が地下室に響いた。 「私は幸せになれるのですか?」  私は頷き、彼女をその涙ごと抱き締めた。 「アンタが望むならね。  ねえ、私を呼んだのは本当はアンタでしょ? アンタの目はずっと私に助けを求めてた」  肉の薄い背中を撫でると、彼女は声を上げて泣いた。 「そうだ。まずはアンタをこんな目に遭わせた司祭たちのところへ行こう! 悪意を返してやるんだ。その後は、国中にばら撒きに行こう」 「でも、そんなことをしたらこの国は」 「大丈夫だよ。普通はね、誰もが悪意を持ってるんだ。それを理性で押さえるから、人は人と一緒に生きられるんだ。  私なんかアンタに悪意持ちまくりだよ。頑固だし、根暗だし、ウジウジして鬱陶しいし。本当はビンタの一発でもかましてやりたかった。  だけど、私は悪いのはアンタじゃないって知ってる。だから、悪意をアンタにぶつけたりしない」 「ひどい……。でも、それが人間の自然な姿なんですね」 「そうだよ。  それから、全部終わったら世界中を旅しようよ。この世界には火の国とか海の国とかいろんな国があるんだって。きっと楽しいよ」  満面の笑みを浮かべた少女は、もう魔王ではなかった。
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